過去編メル視点②

 事務所に指定された日時に私達は集合した。BLUE ECHOは私を含めて四人のグループのようだ。

「あ……。」

異常に背が高い女、化粧が濃くなって別人みたいになっているけど、分かる。えるまにあ新メンバーオーディション合宿に居た、サトコだ。やばい、オーラが違う。一人だけ明らかに別次元の存在だ。そりゃあの合宿メンバーをみたらこの女は取りたくなるよね……。その隣には、ああ、こいつも合宿にいた。顔はかなり整っているが、実力ないのに意識だけ高い痛い女。名前は忘れた。後一人は、うわー……見ただけで分かる。整形しまくりの厚化粧女じゃん、首と手を見たら年齢って分かるんだけど、少なくとも『若い』って言える歳じゃないね、これは。うーん……。売れなさそう……。サトコも災難だね。素質はいいのにどう見ても沈む泥舟に乗せられるなんて。いや、サトコがワンチャンバズれば、BLUE ECHOにも未来があるのか……?サトコ~!頑張れ~!お前にかかっているぞ!……私はまあ、十四歳だし?一番若いって事で人気出てくれないかなぁ。多分この中で一番可愛いと思うし、合宿でも一番可愛がられたし!いける!二番人気くらいにはなれる!頑張るぞ!

 

「……えっと、ノゾミちゃん?緊張してるのかな?話聞いてた?」

「ひゃ、ひゃい!?しゃ、社長!ご、ごめんなさい、緊張してました!」

「いいよいいよ。もう一回説明するね~、ここに集まった四人でBLUE ECHOを結成します。リーダーは最年長のレンちゃん。ダブルセンターはサトコちゃんとアオイちゃんね。」

私の名前が呼ばれてない!?しかもセンターじゃない!?

「あ、あの……私は……?」

「ノゾミちゃんは縁の下の力持ち?」

なんじゃそら!?

「んで、まずレンちゃん以外の三人は改名してもらいます。改名って言うか、芸名をつける感じかな。」

アオイと呼ばれた女が手を挙げる。

「私、アオイで活動したいです。」

「あ、私も!ノゾミがいいです!」

ノゾミってママがつけてくれた名前大好きだし、これでアイドルがしたい。でも社長は却下する。

「アオイはもういるんだよねぇ、事務所に。LOVE KHAOS通称ラブカってグループにさ。同事務所で名前被りはやばいっしょ。でサトコちゃんはもう話してて、カナって名前になったから。」

「あ、あの、私は……。」

「ノゾミってちょっと芋臭いでしょ!だからオシャレな名前にしたよ!メルちゃんとか絶対流行るって!」

「え……。」

心がズキっとする。メルは確かに可愛いし、響きも良いけど、私の名前をそんな芋臭いとか言うなんてなんて失礼な男なんだ。サトコも同じ名前で変えられてそうだな……。この女はどう思ったか知らないけど、ノゾミってママがつけてくれた宝物なのに。酷い。

「わ、わーい!素敵な名前ありがとうございます!」

でも逆らえない。リーダーでもセンターでもない私はこのグループで一番立場が弱いのだ。可愛くあざとく、媚を売ってこのクズに気に入ってもらって立場を良くしてもらうしかない。

「アオイちゃんはね、ルリって名前はどうかな。同じ意味で響きがより綺麗だよ。」

「ルリ……。良いと思います。ありがとうございます。」

レン、カナ、メル、ルリ……。まあバランスは良いと思う。ネーミングセンスだけはあるじゃん、とクズに感心する。

「これからデビューに向けて半年間、レッスンを含めて準備期間に入るから、よろしくね~。……あ、今着いたの?ほらドアの前に突っ立ってないで入って!……紹介するね。」

社長に呼ばれて一人の女が入室してくる。背が私よりも低いけど横幅がある饅頭みたいな女。

「ナナちゃん、彼女が君たちのマネージャーね。」

「マネージャーのツクノナナです。よろしくお願いします!」

鈍臭そうであんまり仕事ができそうに見えない。

「よろしくお願いします、ツクノマネージャー。」

ルリが早速頭を下げている。私も社長の見ている前でポイントを貯めるために可愛く頭を下げる。

「ナナちゃんで良いっすよ~!メルちゃん、ルリちゃん、カナちゃん、レンちゃん。これから頑張りましょうね!」

うわー……馴れ馴れしい。こっちはお友達じゃなくてビジネスパートナーなんだよ。プロ意識ないんか。

「ナナちゃんも、みんなも。これから頑張ろうね!」

早速レンが仕切り出した。でも私は空気を読んで笑顔で答える。これが『BLUE ECHO』の結成。私達の物語の始まり。

 

 デビューまでに覚える曲が六つ。全部がSNSで流行りそうもない意識が高い曲。正直コンセプトが固定されすぎてて、曲に自由度がなくどれも似たような曲に聞こえる。まあ好きな人は好きなんだろうなぁって感じ。

「すごい、メルちゃん!ここの振りもう覚えたの?」

「え?まあ私踊り覚えるのすっごい得意なんですよ!」

ルリに素直に褒められて悪い気がしない。ルリとカナは合宿中に実力を見ていたから大した事ないのは知っているけど、意外なのがレンだった。ベテランなだけあって歌もダンスもグループで一番安定して上手い。

「社長はブルエコをパフォーマンス重視のグループにするつもりなんすよ~。レンちゃんとメルちゃんはもうほぼ完璧じゃないっすか!カナちゃんルリちゃんがんばです!」

饅頭女が出しゃばるなよ。口には出さない。私は可愛いアイドルなんだから。でも残酷だ。レンは歌も踊りもかなり上手い。色んなグループを見てきた私から見ても業界内で上位のパフォーマンスの上手さがあるだろう。でもレンにはカナのような美貌もカリスマがない。そのせいで何年も売れないアイドルをしているんだ。何年もオーディションを受けて落ちてた私と重ねてしまう。アイドルの世界って努力が報われない、その現実を痛いくらいに刻まれてしまう。

 

 レッスンは想像以上にきつかった。パフォーマンス重視のグループだから、どんなに上手く出来ても、その上を要求される。ルリもカナも上達してきて、『ダンスが上手い』と言う私のアイデンティティはどんどん失われる。不安になる。ただ、若いってだけで売れる世界じゃない。若さなんて時間が経てば無くなるものはそもそも武器ですらない。私はすごく可愛いけど圧倒的に可愛いわけじゃない。私はダンスが得意だけどプロのダンサーに比べたら遠く及ばない、歌だってそんな上手くないし、生まれつき声が高く可愛いと評価する人もいればキンキンした声でうるさいとも言われる。このままじゃだめだ。私はアイドルになるんだ。人気者になるんだ。チヤホヤされるんだ。

「……負けない。」

私は歌った。踊った。社長に媚びも売った。出来ることはなんでもした。

 

 それから数ヶ月後、フルカワ芸能事務所の新グループの発表がSNSでされた。BLUE ECHOの公式アカウントが出来た。まずはレンのアーティスト写真が公開された。写真に添えられたコメントはフルカワの誇るパフォーマンスの神、再臨。と書かれていた。レンは以前、フルカワ芸能事務所でイナズマショウジョというグループでアイドルをしていた。イナズマショウジョ時代のファンはレンが再びアイドルをすることを喜びそこそこ写真が伸びた。それにしてもアーティスト写真の加工がすごいな……。私も別人になっているのだろうか。撮影したあとの写真は見せてもらったが、加工した後の写真は確認していない。まあレンの場合はマシになってるからいいけど。

 次の日、ルリの写真が公開された。うわー……可哀想。ルリの一番の魅力の顔が加工で台無しになってる。この加工、もしかして饅頭女がやったのか?最悪……私も不細工にされるのだろうか。コメントは奇跡の美少女かぁ……。その顔を加工でめちゃくちゃにしておいてよく言えるなぁ。まあグループの雰囲気に合わせてミステリアスなキャラ付けして前髪で片目を隠しているおかげで結構誤魔化せてはいるかな。

 次の日、私の写真が公開された。うーん……まあ思ったより酷くはされなかったけど、そんな可愛くもないな……。それに衝撃のニューフェイス!魅惑の十五歳!かぁ……。ダッサ……。レンはパフォーマンス、ルリは顔を褒められたのに、公式が推す私のポイントって年齢なんだ。あんなに歌もダンスも頑張ったのに。準備期間中に歳も取っちゃってどうせ歳で売るなら十四歳でデビューしたかったな。

 私はブルエコ公式でメンバーを発表したタイミングで運営から自分のSNSの運用を許された。私は事前に撮っておいて最高に盛れた自撮りを投稿した。『十五歳』に釣られたキモい男から沢山のセクハラじみたリプライが飛んでくる。今時こんなコテコテのおじさん構文使ってリプするやついるんだ。それともおじさん構文がまだ面白いと思ってる痛いオタクか?でも大丈夫、デビューすればライブさえ見てもらえば、私が年齢だけじゃないって分かってもらえるから。純粋なアイドルのファンが付いてくれるはずだから。

 最後はカナのアーティスト写真が投稿された。

「……は?」

私は固まる。運営の意図が見えた気がした。明らかに違うのだ。カナのアーティスト写真だけ、加工のクオリティが。これはプロの仕事だ。私とレンとルリは素人の饅頭女にやらせて、カナだけ、プロのデザイナーによって加工されている。カナのアーティスト写真だけ異常に拡散される。顔が良すぎるとか、最高の人材を見つけたな、とか好意的なコメントだ沢山つけられる。フルカワは、この女を、カナだけを売り出したいんだ。このクール系なコンセプトも世界観も全部カナを中心に選んだものなんだ。じゃあ私は、私は何の為に、選ばれたの?数合わせ?哀れな比較対象?添え物?私、なりたかったアイドルという職種につけてこれからデビューするのに、何でこんな思いをしなきゃいけないの?

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