過去編メル視点⑤
カナにだけテレビのオファーが来た。カナにだけ雑誌のオファーが来た。BLUE ECHOという名前は広がらず、カナの顔と名前だけが広がって行く。ドアが薄いからなんとなく会話の内容が聞こえる。
「……テレビはルリとセットでなら出演します。ルリも出さないならこの話は受けません。」
BLUE ECHOで出演しますとは言ってくれないんだ。同じグループのメンバーなのに、ここまで興味持たれてないって本当に馬鹿みたい。
カナとルリだけがテレビに映る。しかもレギュラーだ。芸能人たちが沢山集まって、濃いキャラの一般人をゲストに迎えて、彼らとトークするバラエティ番組。正直にズバズバ発言するカナはそのキャラクターが受ける。ルリは当たり障りのないことしか言わないが顔が良いからテレビ映えする。BLUE ECHOの人気格差は更に大きいものになって行く。カナのルリの列はかなり長いけど、レンと私の列は寂しい感じがする。
「……そっか、カンナ彼氏出来たんだ。」
「そうなの!ナオくんって言うの!超かっこいい!」
「おめでとう。彼氏ばっか構ってたらヤキモチやくから、たまには私とも遊ぶんだよ。」
「モチ!今のところはナオくんよりもノゾミが好きだよ!ノゾミは?アイドルどうなの?」
「……超充実、忙しい事が幸せ的な?」
「やべー!かっこいい!」
「この前さぁ、彼氏のあっちゃんとケーキバイキング行ったんだけど。」
「ハルカ、ケーキ好きだもんね。」
「ケーキ食べ放題!って言われて気合い入れたんだけど、ケーキ二個でお腹いっぱいになっちゃって、結局すぐ店出てカラオケ行った!」
「やば。」
「そのあとさー……。」
「あはは。」
夢を叶えたら幸せになれると思っていた。アイドルになればキラキラできると思っていた。でもさ、夢を叶えたのに、私アイドルしてるのに。一般人の青春の方がよっぽどキラキラしているように見える。眩しい、羨ましい。
「アイドル、辞めたら、幸せになれるのかな……。」
ママの喜んだ顔を思い出す、ケーキを誇らしげにプレゼントするパパを思い出す。ライブに来てくれて私の努力を見てくれたユミを思い出す。
「あはは……。みんなガッカリしちゃうかぁ……。」
ごめんねママ、私ずっとわがまま言って、困らせて。わがままで辞めちゃダメだよね。頑張らないとだよね。ごめんね、ママ。ごめんね。
「メル~!ライブ良かったよ~!」
「ありがとう!カンナ!」
「いやぁ……メルの事彼氏に話したらさ、一緒にライブ行きたいって……次に待機してる人がナオくんだよ!」
「へえ……。かっこいい人だね。」
「そうなの!えへへ!でも~今日のメルはナオくんより圧倒的にイケメンだったよ!メルがアイドルになったって聞いた時は絶対可愛い系かと思ってたからすっごいイケメンでギャップ萌えした!」
「わ~!まあそれ程でもあるけど?」
「やば~!あはは!」
カンナ彼氏連れてきたのか……友達の彼氏とか何話したら良いんだよぉ……。
「え?」
その男が私に向かって歩いてくる。驚いた。恐怖すら覚えた。その男は初対面ではなかった。
「ナオナオさん……?」
私のオタクだった。ファッションがいつもと違うし黒いマスクなんかしてるから一瞬気が付かなかったけど、間違いなく私の列によく並んでいる男だ。ナオナオ、カンナの彼氏だから褒めたけど顔は中の下くらい、目はくりっとしてるけどマスクで隠れてる歯並びと鼻の形が微妙なオタク。そんな奴がなんでカンナと?偶然なの?やばい、こわい。
「メルちゃん、今日のライブも最高だったよ。」
「え、うん。ありがとうございます。あの、さっきの女の子と。」
「付き合ってるよ。」
「あ、はい……。めっちゃ可愛い彼女さんですね!どこで知り合った……なり初めとか聞いて良いですかぁ?」
「俺、メルちゃんが一番好きだよ。」
「えと……その……。」
「今日カンナちゃんと別れたら、二十三時に此処から一番近いゲームセンターで遊んで時間を潰そうかなぁ……。」
「あ!ゲームセンター良いですね!クレーンゲームとか得意なんですか?」
「得意だよ~!ぬいぐるみ取り過ぎて家を圧迫している。」
スタッフに怪しまれないように会話をする。こいつ確か二十八のアラサーだよな?未成年のカンナと付き合うとか少なくともまともな奴じゃない。怖い、でも私、頑張らないと。カンナが危ない。こいつはヤバいやつだ。
仕事が終わり、私は帽子を深く被ってマスクをして走った。ゲームセンターに駆け込む。この時間閑散としていて、黒い服を着て突っ立っているその男はすごく目立っていた。
「あ、メルちゃん。」
「……カンナに何したの。」
「怒らないで、まだ、手を繋いだだけ。」
「……偶然じゃないんだよね。」
「うん。ノゾミちゃん、ガードゆるゆるだから。帰り道大きな声で友達と電話したりするから。学校を特定して、そっからSNSでカンナちゃん見つけて、偶然のフリして近づいて付き合ったんだ。」
「……うわ。」
「引かないで。カンナちゃんと別れて欲しいでしょ?」
そういうことか……。どうしたら良いんだろう……。こんなクソキモストーカーと交渉なんてしたくないんだけど。
「俺、ずっとノゾミちゃんを見ていたよ。」
顔を上げる。男はまっすぐと私を見ている。
「ノゾミちゃんが誰よりも頑張って傷ついて、悔しい思いをして、泣いて……俺が支えてあげなきゃって思っていたんだ。ダンスの自主練、昨日だって二十二時まで頑張っていたでしょ?」
私、誰からの眼中にも入らないと思っていた。でもちゃんと私を、私の頑張りを見てくれていた人がいたんだ。身内贔屓じゃない。ちゃんとした評価をしてくれる。
「俺、ノゾミちゃんに幸せになってもらいたいんだ。笑って欲しいんだよ。事務所から推されてなくても世間から評価されなくても、俺にとっての一番のアイドルはBLUE ECHOのメルなんだよ。」
「う……わ……。」
私は泣いていた。苦しかった。ずっと海の底に沈められていたように息ができなかった。彼が、ナオくんが、私の腕を掴んで海から引きずり出してくれたんだ。泣いてる私をナオくんは抱きしめる。頭を何度も撫でてくれる。耳元で何度も「愛してる。」と言ってくれる。良かったんだ。私は幸せなんだ。これで正解なんだ。アイドルをしていて、良かったんだ。
手を繋ぐ、ナオくんの手は温かい。ナオくんの視線は優しい。私達は夜の街に溶け込むように消えて行く。
ナオくん、好き、好き、大好き。
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