本編⑦僕と現実
「はい、殺しました。でも殺そうとしたのはカナの方なんです。僕はルリに頼まれたんです。やる気がなくて無気力で生きている価値のないアイドルに相応しくない屑を殺してくれって言われたんです。ルリがSNSで遠回しに僕に指示をしてくれて、僕は事務所前でカナを待っていました。すごい緊張しました、でもルリが耳元で頑張れって背中を押してくれたんです。だから僕は人を刺せました。誤算だったのは、ルリの偽物がカナを庇った事です。僕はびっくりしました。あまりにもルリに似ていたから。呆然としました。でもルリが教えてくれました、そいつは偽物だって。ルリのふりしてルリの邪魔をする偽物が死んで良かったです。後悔があるとすればカナを殺せなかった事です。刑事さん、ルリを知らなかったみたいだけど、今しれたのは幸運ですね、カナを殺せなかったのは残念だけど、多分カナは目の前で人が死んだトラウマでアイドルを辞めますよ。レンも引退するし、ルリはようやく完成するんです。完成したルリを貴方は見れるんです。この世で唯一の本物のアイドルを貴方は見れるんです。僕は殺人罪で牢屋にぶち込まれてその姿が見れないのがとても残念ですが、彼女のために人生を捨てられたことを本当に幸せに思ってるんですよ。僕の人生は空っぽでした。ルリが僕を救ってくれたんです。渋谷の小さなライブハウスで初めて彼女のライブを見て目が合ったあの日から、僕は変われたんです。ルリと過ごした日々は幸せだったんです。友達と思ってたやつに裏切られたり、生意気なガキに好きなものを否定されたり、会社でパワハラされてもルリがいるだけで全部がプラスになったんです。本当ですよ。だってルリはアイドルですから。ルリだけがアイドルですから。ルリにはあんな小さなステージは似合わないんです。ルリはもっとみんなに認められて大きいドームでライブをするべきなんです。そのために足を引っ張る邪魔なメンバーをいなくする必要があったんです。メルは勝手に馬鹿やってクビになって、レンは歳で引退、カナだけムカつくことに辞める理由が無かったので殺すしかないって思ったんです。」
僕はいかにルリが素晴らしいアイドルであり、いかに他のアイドルがアイドルと呼べないくらいの屑であるかをたくさん語った。好きなものについて語るのはとても楽しかった。取り締まりをしている刑事は「もういいよ。」「わかったから。」と言ったが、僕は話した。話したくて話したくて仕方がなかったから。話す人間がいなかったから。みんな僕を嫌うから。でも刑事は話を聞いてくれる。もしかしたら僕の話からルリのことが気になってファンになってくれるかもしれない。もしかしたら僕とルリについて語り合ってくれるかもしれない。でも話を聞いている人みんな、僕を哀れなやつを見るような目で見てくる。僕はこの目を知ってる。ヒロキの。メルの目を思い出す。そっか、こいつらも同じなんだ。僕は寂しくなって話すのを辞めた。俯いた。僕の味方をしてくれるのはルリだけなんだ。ルリに会いたい。僕は自然に涙が溢れて取調室で人に見られている事に関わらず、泣き出してしまった。
僕は留置所にいた。母さんが埼玉から面会に来てくれた。僕をずっと責めていた。泣いていた。僕はちゃんと話した。僕は間違っていないと、ルリのためにやったんだと。それなのに母さんは理解してくれなかった。お前は狂っていると怒鳴られた。僕は悲しかった。この人も敵なんだ。僕の味方って本当にルリしか居ないんだなと思うと、ルリのために偽物を殺せて本当に良かったと安心した。
後日僕に手紙が来ていると言われた。ルリからの手紙だ!と喜んで受け取るとそれはヒロキからの手紙で僕は落胆した。でも裁判の日まで暇だから僕は時間潰しにその手紙を読んでみることにした。
「
久しぶり。ニュースでルリとリョウの事を知った。正直今でも信じられないよ。信じたくない。でもブルエコの公式からもアナウンスがあって、ブルエコが解散になって、カナもレンも引退して、俺の好きだったブルエコが跡形もなく消えて、現実なんだなって最近やっと少しだけ受け入れられるようになった。
リョウがルリの事を誰よりも好きなのを知ってるし、ルリが死んだ事を一番悲しんでるのもリョウだと思う。でもごめん。俺お前のこと一生許せない。
レン推しは卒業ライブを見届けられなくなった事を悲しんでいるし、現地にいた情報からカナは目の前でルリを失ってすごい傷ついていたって聞いてカナ推しはカナを心配してるし、ルリ推しはルリを失った事を悲しんでいる。お前がした事はみんなを不幸にした。
リョウはカナのこと嫌いだったもんな。面接が受かって正社員になったお祝いで飲みに行ったこと覚えているか?俺がお前を怒らせて縁を切られたじゃん、あの後掲示板に俺のこととカナのこと書き込んでたよな。タイミング的にリョウだろうなって思ったよ。あの時は普通に引いたし、お前と仲良くしたことが俺の中で黒歴史になったよ。記憶から消そうとも思ったよ。でも今になったらその時のことはどうでも良いよ。
きっとお前も苦しかったんだよな。追い込まれていたんだよな。俺はちゃんと友達としてお前と話すべきだったんだよな。あの日、お前に縁を切られた時、引き止めて仲直りするべきだったんだよな。本当にごめん。今更全部手遅れだけど、ニュースを見た日からずっと頭の中でたらればを考えている。
正直もう顔も見たく無いし、名前も聞きたく無いし、思い出したくも無い。でも一緒にライブ行ったり、ライブの感想言い合ったり、一緒にブルエコの推し活をしてた時間は確かに楽しかったよ。短い間だったけど友達でいてくれてありがとう。さよなら。
」
そっか、BLUE ECHOは解散、つまりカナはアイドルを辞めたんだ。ざまあみろ。それにしても僕以外のルリ推しも馬鹿ばかりだな、あれは偽物ってことに誰も気が付いていない。僕だけが知っている。僕にとってもルリは特別だし、ルリにとっても僕が特別だと思うと照れるな。ヒロキには悪いことをしたけど、あいつも僕を見下して憐んできたからこれでおあいこだろう。僕手紙を捨てた。
「リョウくん、ありがとう。」
背後から聞き覚えのある声がする。ずっと聞いていたい愛してやまない声が。
「ルリ……?なんでここに?」
ルリが立っていた。赤いカチューシャに、膝丈の赤いドレスに、白くて長い手袋に、白いハイソックスに、リボンのついた赤い靴。妖艶な僕の為だけの特別な衣装を着たルリがいた。
「貴方が落ち込んでると思って、来ちゃった。」
「君はいつも、僕のために駆けつけてくれるんだね。」
「だって貴方の味方だもの。」
「でも僕と会ってるところを誰かに見られたら。」
「大丈夫。もし全部バレても、堂々としているわ。貴方を愛しているって言うわ。」
「ルリ……。」
「だって私……貴方のおかげで完成したんだもの。」
「うん。」
「私、三万人入る大きいドームでソロライブが決まったのよ。」
「すごい、おめでとう。」
「全部貴方のおかげ。邪魔者を消してくれた貴方のおかげ。」
「僕は大したことしてないよ……ルリが頑張ったからだよ。」
ルリは僕に近づき、そっとキスをした。
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