本編⑥僕と決着

 平日は仕事をし、休日は性悪のアパートの前を見張る。そんな日々が続いていた。性悪はアイドルとしてだけじゃなくて人として終わっているから、違法薬物、万引き、脱税をしているに違いない。だから僕はこうして見張って、その証拠を掴んで暴露をしてやろうと思ったのだ。少しでも敵の情報を得るために見たくもない性悪のSNSをチェックしたり、過去のインタビューをチェックしたり、こうして見張っている。この女、なかなか尻尾を掴ませない。ライブとレッスンと仕事のある日以外は家を出ない。寄り道も全然しない、寄ったとしても前も行っていた二十四時間営業のスーパーで、買うものも酒と食べ物と生活用品だけ。私服の種類も少ない。見ていてつまらない。アイドルという職に就いていながら何もない人生を歩んでいる。プライベートを明かさないミステリアスなところが魅力だと盲目は言っていたが、こいつは何もないだけだ。これなら家でルリと過ごした方が有益だ。だが、見ていない間に薬物の売買をするかもしれないという不安が僕をこの女に縛らせる。

 何もないこいつの人生が、ルリに出会う前の僕を思い出させて憂鬱になる。コンビニでバイトをして、給料をもらって、飯だけ食う無趣味な人生を思い出す。

「違う。」

僕は自分に言い聞かせる。僕はこいつとは違う。僕はルリと出会って、ルリに相応しくなるために変わった。資格をとって正社員になってルリに愛されている。スマホに通知が来る。僕はスマホを確認した、BLUE ECHOの公式がSNSを更新していた。

「本日BLUE ECHOのカナのデジタル写真集『硝煙』が販売されました!クールでビターなカナの色んな一面を是非見てください!カナのインタビューにも注目!」

そういえば告知していたな。ネット投票で一位になったアイドルが出せる写真集で、僕は投票期間毎日ルリに投票していたのに、最終的に選ばれたのがこのクソ女で腹を立てた思い出がある。

「インタビューか……。」

敵の情報を少しでも得たい。過去のインタビューはデビューしたての頃の物でまだ本性を表してないのか碌な情報はなかった。言いたい事を言って許されて天狗になってる今ならリアルな話が見られるかもしれない。僕はその場で写真集を購入した。

「げ……九十六ページもある。」

僕はとりあえず家に帰ってから、中身を確認する事にした。終電の時間まで監視を続けたが、性悪は出てこなかった。

 家に帰ると、僕はルリに軽く挨拶をすると、今日は疲れたからもう寝ると布団に潜り込んで、スマホで性悪の写真集を見始めた。ルリはこの女が嫌いだから、僕が写真集を見た事で悲しませるかもしれない。

 貧相な身体だ。ガリガリで、不健康で胸なんてぺっちゃんこだ。黒いキャミソールを着てダメージジーンズを履いて、散らかった部屋でタバコを吹かしている。一ページ目からもうアイドルではない。馬鹿な女が好きそうな殴ってきそうな男を連想させる。少なくともこれを見て自慰にふける男はいないだろうな。はだけていたり、服を着たまま湯船に浸かって下着が透けている下品な写真はあるが、どれも色気を感じない。ページをめくるたびにげんなりする。だが、重要なのはインタビューだ。

 

 SNSフォロワー十万人、地下アイドル界の新たなカリスマと呼ばれているBLUE ECHOのカナさんに色々話を聞いてみました。

 

──本日はよろしくお願いします。

カナ:よろしくお願いします。

──アイドル界で誰の写真集が見たいかというネット投票で堂々の一位、おめでとうございます。

カナ:ありがとうございます。なんで自分が一位になったのか私も疑問ですが、こうして仕事が増えたのでありがたいですね。

──ファンの方々から集めた質問や私が個人的に気になった事について質問していきます。……まずは、アイドルになったきっかけはなんですか?

カナ:アイドルを目指していた友人がいて、まあ同じBLUE ECHOのルリなんですけど、私がコンビニのバイトがクビになって暇になっている時に、一緒にオシャレなカフェに行ったんですよ。その時に冗談でルリが受けようとしてたオーディションに私も受けようかなって言ったらルリが強く一緒に受けようと誘ってくれて、それで受けたらまあ二人とも落ちたんですけど、物好きな事務所に拾われて、今に至っています。

──確かフルカワ芸能事務所さんのえるまさんの新メンバーオーディションを受けたんですよね、オーディション合宿があったと聞きました。プロの講師に歌とダンスを習ったそうですが、それまでカナさんはそれらの経験はあったんですか?

カナ:ありませんね。私は高校は通信でしたし、中学生の時も一緒にカラオケに行く友達もいませんでしたから。最初は全然声も出なかったし、ダンスもついて行くのでいっぱいでした。

──合宿では他にどんな事をしましたか?

カナ:歌とダンスのレッスン以外だと、スタミナをつけるために朝にマラソンしたり、オリエンテーションとしてオーディションメンバー達と鬼ごっこして遊んだりとか、あとは社長やえるまにあさん相手に面接をしたりしました。

──えるまにあさん!全メンバーと面接したんですか?

カナ:いえ、リーダーのモモイさんとセンターのリンリさんの二人ですね。アイドルには全く詳しく無かったんですけど、それでもオーラが半端なくて緊張しましたね。あー、これがアイドルなんだなって思いました。

──えるまにあ新人オーディションにはルリさんだけでなくカナさんと同じグループであるBLUE ECHOのメルさんやえるまにあの新メンバーに選ばれたマリさんやアイさんが居ましたが、合宿中での交友はありましたか?

カナ:いえ、合宿の自由時間はルリとだけ過ごしてました。人と仲良くするのがすごく苦手で、そもそも私と仲良くしてくれるのはルリくらいだったんで。

──ルリさんとはどこで仲良くなったんですか?

カナ:知り合ったのは中学一年生の時、同じクラスになったんですよ。お互いタイプが違いすぎてその時は友達にはならなくて、それからクラスが被らなくて、卒業してからももう会うことはないだろうと思ってたんですけど、コンビニバイトしてた時に、ルリが客で来て、声かけられたんですよ。ルリは明るくて可愛くて目立ってて、私とは違う世界の人間だと思ってたから、ルリが私を覚えてたことに驚いたな。話した事も数回だったのに。まあそれから連絡先交換して、たまにあって遊ぶ仲になりましたね。

──ルリさんとは今もプライベートで遊んだりするんですか。

カナ:いいえ。お互い忙しいので。オフの日が被ることもあんまりないので。

──ファンの皆さん、カナさんのプライベートについて知りたいみたいですよ。

カナ:なんもしてないですよ。ライブと仕事とレッスンがない日は一日中ぼーっとしてるか寝てるかです。無趣味なんで。

──そんなまたまた、テレビを見たり本を読んだりなさらないんですか?

カナ:家にテレビもありませんし、集中力もないので活字も読めません。本を読むのもスマホでドラマを見るのも全部面倒くさくて出来ません。外に出ることもありませんね。アイドルしてない時は基本死んでます。

──アイドルが生きがいなんですね。

カナ:生きがい、て言うんですかね。私は自分がオーディションを受けたのは冗談のつもりでどうせ落ちると思ってたから、本当になんで事務所に拾われてアイドルやってるのかわからない感じで。まあ向いてないしすぐクビになるだろうと思ってたんですよ。中学卒業して色んなバイトしてたんですけど、根暗で性格も悪いですぐクビになってたんで。アイドルになっても、SNSで性格が悪いで炎上をしたことがまあ何度かあったんですけど、それを面白いとか言ってもらってキャラクターとして受け入れてもらえたんです。それで思ったんです。私を受け入れてくれる世界はここしか無いって。

──アイドルはカナさんの天職だったんですね。

カナ:そうですね、他の仕事は全部クビになるんで、きっとそうなんでしょうね。アイドルクビになったら本当に何にも無い人間になるんで、必要最低限の仕事と事務所のルールと法律を守る事は本気で頑張ってます。

──カナさんのこれからの目標は?

カナ:アイドルができなくなる年齢になるまでに老後の金を貯めることですね。なるべくたくさん貯金してアイドルが出来なくなったらずっとニートとして過ごす事になると思うんで。

──最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします!

カナ:私なんかを受け入れてくれてありがとう。無気力でつまんない私の事私は大嫌いだけど、みんなが好きでいてくれるなら私はこれで良かったと思うよ。これからも私を、BLUE ECHOをよろしくね。

 

 読み終わって僕はしばらく放心していた。フォロワー十万人、ネット投票一位、アイドル界のカリスマ、アイドルが天職……。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 僕は僕と同じ意見の人を求めてSNSでカナの写真集について感想を検索した。賞賛の声、共感の声、面白いとの声、どこを見てもカナを非難する声はない。僕は布団から出てスマホを壁に投げつけた。

  僕はいつもいつの間にか他人に嫌われて、孤立していて、高校に上がってから誰とも関わらないようにして、全部がどうでも良くなって、その癖死ぬ勇気もなくて何も無い人生になった。バイトをして飯を食って寝るだけの人生。この女も僕と同レベルの屑だ。なのに。

「ずるい……。」

顔が整っているから、背が高いから、女だから、許されるどころか愛されている。キャラクターとして受け入れられている。

「ずるい……!」

不細工で背が低くて男で無趣味で無気力な僕はネットでは弱者男性と呼ばれて馬鹿にされていたのに。あいつは人気アイドルだと?僕の愛する、僕を救ってくれたルリを差し置いて?顔がいいだけの屑の分際で、僕の愛する完璧なアイドルより認められている?

 

「私とルリは負け組。」

 

あのクソガキ、同じオーディションを受けて同じグループになったカナに対しては何も言わなかった。クソガキもカナの事は認めてるってことか?アイドルとして勝ち組だと思っているのか?

「ずるい!ずるい!ずるい!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」

僕は頭を抱えて叫んでいた。涙が止まらなかった。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、死んでほしい、いなくなって欲しい、みんなから忘れ去られて欲しい、お願いだから今すぐ死んで欲しい。

 

「リョウくん……。」

 

僕は顔を上げる。ルリが泣いていた。僕はルリに手を伸ばす。慰めなくては、ルリが泣いている。慰めてあげなきゃ。ルリを泣かせたやつを許さない。僕はルリを抱きしめる。

 

「カナちゃんにアイドルにならないかって誘ったのは私。そのせいでリョウくんを傷つけてしまって私、悲しいの。」

そっか。でもルリは何も悪く無いよ。

「そうよ。アイドルになってもやる気がない、真面目に変われなかったカナちゃんが悪いのよ。」

そう、全部あの女が悪いんだ。生きていちゃいけないんだ。

「リョウくんを傷つけたあの女が憎いわ。生きていちゃいけないんだ。」

死ぬべきなんだよ、ルリのためにも。

「私の為にもあの女は死ぬべきよ。」

 

ルリは僕の耳元で囁く。

「カナちゃんを殺して。」

ルリが言うならそれは正しい事なんだ。

 

 僕は無断で会社を休んだ。連絡するのが面倒くさかったから。それにこれからクソ女を殺すんだ。そもそも入ったばっかりでそんなに愛着もない会社だし迷惑をかけてもなんとも思わない。僕は警察に捕まってルリとしばらく離れ離れになるけど、クソ女の死と共にルリが完成するのだからきっと我慢できる。

 家に包丁がなかったから僕はホームセンターで包丁を買った。スマホが震える。確認するとルリがSNSを更新していた。

「事務所についた!これからカナちゃんとレンちゃんと歌の収録!」

ルリが僕に指示を出してる。カナは今事務所にいるからそこで待機していろと。出てきたところを刺せと。わかったよ、ルリ。僕はフルカワ芸能事務所に向かった。包丁の入ったリュックを持って電車に乗るとすごい緊張した。バレたらどうしよう、あいつを殺すまでは僕は捕まってはいけないんだ。僕は殺す、これからカナを殺すんだ。

「大丈夫、リョウくんならできるわ。」

耳元でルリの声がする。ルリが僕を応援してくれる。とても心強かった。

 事務所の入り口が見える電柱の影に僕は隠れて待機していた。クソガキいわくちゃんとしていない会社らしいが、確かに入り口付近に警備員がいないなと思った。所属アイドルを出てきた時に殺してくださいと言っているような物じゃないか。可哀想なカナ、事務所がケチったせいで殺されるんだ。まあ自業自得だけど。

 人の出入りはあるが、なかなかカナは出てこない。あいつはガラガラ声の音痴だ、きっと足を引っ張って収録が長引いているのだろう。本当に迷惑なやつだ。ルリはこれから死ぬカナと過ごして何を思っているんだろう。さっさと死ねと思っているのだろうか、優しいルリだからどこか同情しているのだろうか。暑くないのに僕は汗をかいた。カナを殺すその時が迫っていた。


「きた……。」

カナは背が高いからすぐにわかる。事務所から出てきた。階段を降りている。僕はリュックから包丁を取り出すとカナ目掛けて、走り出した。

 

──僕はこれから人を殺すんだ、怖い。

 

「リョウくん、頑張って。」

 

ルリが僕の背中を押す。カナは僕を見て間抜けな顔をして固まっていた。僕は目を閉じて雄叫びを上げながら包丁を刺す。

 

「カナちゃん危ない!」

 

 聞き覚えのある声と肉を刺す感触。僕は目を開く。その声はいつも聴いていた声だった。愛してやまない声だった。

「ルリ……?」

ルリが両手を広げてカナの前に立っていた。ルリの胸には僕が突き刺した包丁が刺さっていた。ルリが顔を青くしてその場に倒れる。僕は呆然としていた。

「どうして……。」

「どうして!?ルリ!嫌だ!嫌だぁ!」

カナがしゃがみルリに呼びかけ続けている。なんだこれ。なんで。なんでルリはこの女を庇ったんだ?だってルリはこの女を憎んでいたじゃないか。ルリが僕に頼んだんじゃないか、カナを殺せと。カナが事務所にいるから外で待機しろと指示したんじゃないか。なんで。なんで。僕が、なんで僕がルリを刺さなきゃいけないんだ。ルリが、このままじゃルリが死ぬ?なんで?なんで?なんで?なんで?嫌だ、ルリが死ぬのは嫌だ。なんで?僕がルリを

 

「その女は偽物よ。」

 

声に振り返るとそこには赤いドレスを着たルリがいた。良かった、ルリはちゃんといるんだ。ルリは生きているんだ。そうだ。僕がルリを殺すわけないじゃないか。

 カナが大きな声で泣き喚いていたため、人が集まって僕は体格の良い男に取り押さえられた。偽物があまりにもルリにそっくりだったから、びっくりして固まってしまったけど、取り押さえられる前にカナの方も殺しておけば良かったな。しばらくするとパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきて、到着した警察官に僕は手錠をかけられた。

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