白虎の恩返し
時雨オオカミ
昔に見た夢
夢を見た。
そこはどこかの喫茶店で、目の前には白髪を黒くて細いリボンで結った可愛らしい店員さんがいる。
そんな子に「ご注文は?」と訊かれて慌ててメニューに視線を落とした。
まったく読めなかった。
日本語でもないし、英語でもない。アルファベットじゃないし、どこかで見たような国言語でもない。そもそも人が使う言語ではなさそうで、ただの落書きにしか見えない始末。
なんとメニューの全てが、汚れたように肉球の跡がついていたり黒い点々が書き込まれていたり、どう足掻いても読めない状態だ。
店員さんは不思議そうな顔で私を覗き込んでくる。
私はそこで意地になって「おすすめで」と言うと彼女は八重歯を見せながら、輝く笑顔で「本日のおすすめは貴女様ですわ」と言い放ったのであった。
まさか、なんの冗談かと思って顔を強張らせると、彼女はくすりと笑って「冗談ですわ」と言う。
安心したものの、今度は店員がそんな冗談を客に向かって言うのも流石にどうなのかと思い、クレームをつけてやろうかなどと考えていると、店員は笑顔をすっと消して真顔になると、忠告するように小声で話し始めた。
「ここには貴女様の食べられるものはございませんし、通貨も人間とは違います」
そうやって淡々と説明をして私の手を取る。
咄嗟に手を振り払おうと思ったものの、力が強すぎてとても無理なことだった。
「出口はあちらですわ、主さま」
にこりと笑って、店員の少女が手を指し示す。
確かにそこには、非常口によく似た看板のある扉が存在していた。
私は彼女に恐れつつもなぜか安心してしまい、泣きそうになりながらも手を引かれていく。もう、振り払おうなどとはとても思えなかったのだ。
「お風邪をひいてしまいますから、お布団できちんと寝るのですよ」
その言葉でふと気がつく。最近炬燵での寝落ちが多い。体調不良でもあるし、すぐに治ったものの喉風邪までひいたばかりだ。
しかしなぜそんなことを知っているのかと尋ねる前に、背中を押されて私だけが扉を潜った。
そして、炬燵の中で目を覚ました。
普段の部屋だ。片付いていなくて、暖房で喉を痛めないために、加湿器代わりに洗濯物を干してある光景。そして、ベッドではなくその下の炬燵の中にいる自分。いつものことだ。
しかし、なんとなくある一点に吸い込まれていくように視線が動く。
ベッドの足元に位置する場所にはいつものように等身大のホワイトタイガーのぬいぐるみがあるばかりだ。
昔私が我儘を言って無理矢理買ってもらった子で、何年も大事にしてきたぬいぐるみである。
だから私は、なんとなく仕事に行く前にぬいぐるみに毛布をかけた。
本日見た夢でした。私にとって、ぬいぐるみからの最高のプレゼントでした。
ずっとずっと、大切にするからね。
白虎の恩返し 時雨オオカミ @shigureookami
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