刹那の歌声、そしてITの夜明け

そんな、暗く、澱んだ時代の中で、私は、セツナと出会った。

新宿の駅前で、ギター一本を掻き鳴らし、道行く人々に見向きもされず、それでも、何かを吐き出すように、歌っていた、十六歳の少女。

その歌声は、荒削りで、どこか自棄っぱちで、しかし、聴く者の心を、否応なく、鷲掴みにする、魂の叫びだった。


彼女は、その名の通り、刹那的な生き方をする女だった。明日死んでもいい、と、本気で思っているような、危うさがあった。

私は、彼女の才能に惚れ込み、彼女のパトロンとなった。私が持つ、泡沫城の音楽レーベルで、彼女をデビューさせると、その歌声は、瞬く間に、時代を象徴する歌姫として、熱狂的に受け入れられた。

彼女もまた、カヨやキョウがそうであったように、自らの命を、魂を、歌うことに、全て燃やし尽くす人間だった。彼女の歌は、この時代の若者たちの、声なき声を代弁し、そして、その傷ついた心を、優しく癒した。


私たちは、恋に落ちた。国民的スターと、その影にいる、謎のプロデューサー。私たちの、秘密の恋愛を、マスコミが嗅ぎ付けることは、決してなかった。

私たちは、1999年の大晦日、二人きりで、新しいミレニアムの到来を迎えた。結局、ノストラダムスの予言は、当たることはなかった。世界は、終わらなかった。

「な、終わらなかったろ」

「……つまんないの」

セツナは、そう言って、子供のように、唇を尖らせた。


だが、彼女自身の終わりは、その、すぐそこまで迫っていた。

その三年後。全国ツアーの最終日、満員のドームのステージで、彼女の声は、ぷっつりと、出なくなった。命を燃やし尽くした、その代償だった。

歌うことだけが、彼女の全てだった。その全てを失った彼女は、絶望し、ホテルの部屋で、自ら、その二十八年の短い生涯に、幕を下ろした。


突然の、カリスマの死。世間は、その死の真相を巡って、無責任に騒ぎ立てた。ゴシップ誌は、根も葉もない噂を書き立て、人々は、それを、娯楽として、消費した。

私は、その光景を見て、激しい嫌悪感を覚えた。


そんな、人の世の醜さとは裏腹に、世界は、新しい時代へと、確実に、その歩みを進めていた。

リアンヌと共に興したIT企業は、この頃、更なる急成長を遂げていた。彼女は、もう五十代に差し掛かろうとしていたが、その経営者としての才覚には、ますます磨きがかかっていた。彼女は、巨大化した会社を、機動力のある複数の子会社に分割し、設計開発に特化した「ファブレス」部門と、製造部門を切り分けた。そうすることで、変化の激しい時代の流れに、迅速に対応できる、しなやかな組織構造を、作り上げていたのだ。


そして、2000年代。

ITバブル。

インターネット関連企業の株価が、異常なまでに高騰し、そして、一度は、見事に弾けた。

だが、バブル経済とは、何かが違った。これは、単なる投機熱ではない。その根底には、世界そのものを、根底から作り変えてしまうほどの、巨大な技術革新が、確かに、存在していた。

SNS、スマートフォン、クラウドコンピューティング。

全く新しい時代が、今、まさに、幕を開けようとしていたのだ。


私は、セツナの墓標の前で、独り、誓った。

お前の愛した、この醜くも美しい世界が、これから、どこへ向かうのか。

お前の歌が、届かなかった、その未来の姿を。

この、化け物の目で、最後まで、見届けてやろう、と。

私の、新しい旅は、この、電子の荒野から、始まる。

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