鉄錆と火薬の匂い

応仁の乱が焼き尽くした京の灰の中から、新しい時代が産声を上げていた。

それは、下剋上。

昨日までただの地侍だった男が、主君を討ち取り、一夜にして国主となる。血筋も、権威も、もはや何の意味もなさない。信じられるのは、己の力のみ。北条早雲、斎藤道三、朝倉孝景。各地で、野心と才覚に満ちた男たちが、次々と頭角を現していく。


私は、この新しい時代の匂いを、誰よりも早く嗅ぎ取っていた。

それは、鉄錆と、そして、火薬の匂いだ。


応仁の乱よりさらに前、室町幕府がまだ辛うじてその形を保っていた頃から、私は大陸との交易で得た独自の情報網で、その存在を知っていた。「鉄砲」。長い筒から、人の手では到底抗えぬ速さと威力で、鉛の玉を撃ち出すという、恐るべき武器。

私は、密かに数丁を手に入れ、堺や根来の腕利きの職人たちに莫大な財を投じ、その研究と開発を進めさせていた。分解し、構造を学び、この国の技術で再現、改良させる。人々がまだ、弓と槍の優劣を競っている時代に、私は、その遥か先を見ていた。


そして、天文十二年、西暦1543年。

種子島に、一隻の明の船が漂着した。それに乗っていたポルトガル商人が、火縄銃を時の領主、種子島時堯(ときたか)に売り渡した。

これが、この国における、鉄砲の公式な「伝来」とされている。

その頃、私の工房では、既に、伝来品を遥かに凌ぐ性能を持つ、国産の火縄銃が、百丁単位で量産できる体制が整っていた。

時代の扉をこじ開ける、鍵。その鍵を、私は、誰よりも早く、その手に握っていた。


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