応仁の焦土

キョウが死んでから、さらに十年ほどが過ぎた。

栄華を極めたはずの室町幕府は、将軍の権威も失墜し、有力な守護大名たちの権力争いの舞台と成り果てていた。

そして、応仁元年、西暦1467年。

ついに、その均衡は崩れた。


細川勝元率いる東軍と、山名宗全率いる西軍。日本全国の大名を巻き込んだ、泥沼の戦いが、この京の都で始まった。

応仁の乱。

それは、私がこれまで見てきた、どんな戦とも、様相が違っていた。


源平の合戦には、まだ、滅びの美学があった。南北朝の争いには、それぞれの正義があった。

だが、これは、違う。

これは、ただの、残虐な殺し合い。破壊と、略奪。義も、誇りも、何もない。足軽(あしがる)と呼ばれる、寄せ集めの傭兵たちが、金品や食料目当てに、無差別に人を殺し、火を放つ。


私は、あの美しい京の都が、目の前で燃え尽きていくのを目撃した。

金閣も、銀閣も、数多の寺社仏閣も、全てが炎に包まれる。路地には、斬り殺された町人の死体が、無造作に転がっている。


「これからは、殺し合いの時代が来る」

賀茂川のほとりに立ち、私は、震えを禁じ得なかった。

川の水は、おびただしい数の死体で埋め尽くされ、赤黒く染まっていた。かつて、京の男女が愛を語らった河原は、今や、地獄の様相を呈している。

あの美しかった京が、焼けている。

この光景は、網膜に焼き付いて、決して離れないだろう。


これは、一つの時代の、完全な終わりだ。

将軍も、守護大名も、その権威は、この炎の中で、完全に失われた。

絶対的な権力がなくなり、ただ、力だけが正義となる。己の力のみを信じ、隣の者を蹴落として、成り上がっていく。そんな、下剋上の時代。


――戦国の世の、幕開けだった。


面白い。

そう思う、私の中の、かつて武士であった橘嵐の魂が、うずいていた。

人間を愛するのは、もうやめた。

だが、人間が、その本性を剥き出しにして、殺し合う様を見るのは、存外、退屈しのぎになるかもしれない。


私は、燃え盛る都に背を向けた。

これから始まる、長く、血腥い時代を、この目で、じっくりと見届けてやろう。

化け物には、化け物が跋扈(ばっこ)する時代が、よく似合う。

私は、焼け跡を歩きながら、千年ぶりに、鬼のような笑みを、浮か

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