ほんとうに?




「カティも俺も平民なんです」


 告げたルティに、クヒヤはこともなげに、うなずいた。


「知ってる」


「あまりきれいなところじゃないし、ごちゃごちゃしてますけど、俺とカティが育った町です」


「いい町だ」



 水の瞳をほそめるクヒヤには、厭悪も蔑みも、何もなかった。


 ただやさしい、あたたかな瞳が、カティとルティの暮らす街を見渡した。



「これから買い物するんです。もしよかったら、色々ご説明しましょうか」


 微笑んで見あげたら、クヒヤは首を振った。


「やめておくよ」


「平民とは一緒に歩きたくない?」


 確かめるように、ルティは水の瞳をのぞきこむ。



「まさか! 厚遇されておいて言う言葉じゃないかもしれないが、人間のつくった身分に意味などない」


「では、俺が気に入らない?」


 笑ったルティに、目を剥いたクヒヤは首をふる。


「まさか! ああ、誤解させてしまったね、申しわけない」



 他国の王族が、平民に対して謝ってくれたことに、息をのむ。



「もしカティが、ルティと僕が一緒に買い物をしているところを見たら、悲しむかもしれないと思ってね。

 カティを苦しめる可能性のあることなど、ひとつもしたくないんだ」



 ……え、ちょっと待って。


 愛があふれてるよ、カティ……!




「カティとは、その、親しくしてくださっているのですか……?」


 そうっと聞いたルティに、クヒヤは涼やかな眉をあげた。



「いや、全然。めちゃくちゃ避けられてる」


 清かな水が流れるような、かろやかな声をたててクヒヤが笑う。

 とても、楽しそうに。



「そんなことをされたのが初めてで、とても新鮮でね。目が離せないんだ」


 逃げられると、追いかけたくなるらしい。


『ハンターですね』


 前世の言葉を口にしそうになって、ルティはあわあわ口をつぐんだ。


『狩人ですね』っていうのも、他国の王子に対して不敬だから!


 ……でも、不敬とか、気にしないでくれるのかな?


 もしかして、クヒヤ殿下は、いい人なのかも……?


 言ってみる……?




「狩人なんですね」


 多少のことはゆるしてもらえる、カティにそっくりな笑みを浮かべてみた。


 水の瞳が、まるくなる。


 クヒヤの顔は、朱くならない。

『カティ!』血迷って抱きついてきたりしない。


 ただルティの言葉に驚いたように、瞬いた。



「……ああ、うん、今まで与えられるばかり、寄ってくるばかりで、そんなことを考えたこともなかったのだけれど。そうなのかもしれない」


 照れくさそうに、楽しそうにクヒヤが笑う。


 今まで『カティ!』攻略対象に叫ばれてばかりだったルティの、クヒヤの評価は急上昇した。



 だからこそ、聞きたくなる。


「カティに逃げられているなら、お話する機会を設けましょうか?」


 クヒヤは楽しげに唇の端をあげた。



「諾と言えば、カティに逢わせないようにする気だろう?

 そういう駆け引きは恋人とするといい。他の人にしては、侮辱になる」


 ぜんぶ、見抜かれてた……!



「……っ 申しわけありませんでした──!」


 深々と頭をさげたら、クヒヤは笑った。



「いや、兄君に近づこうとする男をけん制する弟君の気もちを、尊くおもうよ。カティの弟君だから大目に見てしんぜよう」


『無礼だったから』そう言って平民の首を飛ばせるのが王族なのに、笑ってゆるしてくれるクヒヤに、顔をあげたルティはふたたびうやうやしく頭をさげる。


「ご寛大なお言葉を、ありがとうございます、クヒヤ殿下」


「またね、ルティ」


 かるく手をあげたクヒヤがきびすを返す。

 すぐに護衛なのだろう騎士たちが近づいてクヒヤを守り、ちいさくなる背を見送った。



 ……カティを愛してくれているのかな。ほんとうに……?



 ぼんやりしていたら、名を呼ばれた。



「ルティ!」


 抱きつかれた衝撃に、よろめいた。







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