水の瞳




 跳ねる鼓動を聞いていた。


 くちづけを待って、うっとり目を閉じたルティのくちびるは、ちゅうの形になっていたと思う。



 めちゃくちゃキス待ち……!


 はずかしくて、発火しそう──!



 どきどき、どきどきしてるのに、トトのくちびるが、ふわふわのくちびるが、降ってこない。



 ……ま、まだかな……?


 キス待ち顔を、お楽しみですか……?



 そうっと薄目を開けようとしたルティの頭に、ぽふぽふ、大きなてのひらが降ってくる。



「………………え…………?」



 ぽかんと目を明けたルティに、トトはまぶしそうに闇の瞳をほそめた。



「またね、ルティ」


 頭をなでてくれた指が、離れてく。




「…………………………え………………?」


 あんぐり、開いた口が、ふさがらない。



「えぇえぇえぇェエエ──!?」



 泣きそう。



 うそだ。



 泣いてる。








 燃える頬で、鼻をすすったルティは、涙目をこすりつつ、両親からたまわった使命、お使いを再開した。


 トトに逢ったら、使命はとん挫する宿命だ。

 トトに振られたから思いだしたにすぎない使命だが、トトがいなくなれば、真面目を信条とするルティはきちんと遂行する。


 遅くならないうちに、小走りで王都下町の夕市に出かけたルティは、ほこりっぽい街に似合わぬ、涼やかな水色の髪が流れてゆくのに、振り向いた。


 切れあがる水の瞳が、きらきらしてる。



「クヒヤ殿下……!」


 他国の王子が、こんな下町に!

 びっくりして思わず名を呼んでしまい、あわてて口を押さえたルティを振りかえったクヒヤが瞬いた。



「……きみは……カティのご家族かな?」


 ルティは、ぽかんと口を開けた。



「……え……?」


 カティを知っていて、それでもなお、カティとルティを間違えなかった……?



「とてもよく似ている。一瞬、ほんの一瞬だけ、あざやかな薄紅の髪にカティかと思ってしまったよ」


 微笑むクヒヤが操るきれいな大陸共通語は、きちんと理解できる。

 だからこそ、ルティは開けた口を閉じられない。



「……カティと親しい人に、カティと呼ばれなかったのは、はじめてです」


 カティが大すきなきらきら男たちは勿論、コタ王子殿下でさえ、ルティひとりで歩いていると『カティ!』満面の笑みで駆け寄ってくる。



 カティとルティを見分けてくれるのは、トトだけだった。


 カティとルティを絶対に間違えないのは、トトだけだった。



 きっとトトは幼なじみだから、カティとルティがまとう雰囲気の違い、理知的な瞳とか、かっこよく引き結ばれた唇とかをわかってくれるのだと思っていた。


 そんな芸当ができる人が、幼なじみ以外にもいるなんて──!


 感動で見あげるルティに、クヒヤは首をかしげる。



「そう? 全然ちがうのに」


 そんなことを言ってくれた人も初めてで、涙がでそうだよ……!


「きみは?」


 ルティはあわてて背筋をのばす。


「大変失礼したしました。カティの双子の弟、ルティです。はじめてお目にかかります、クヒヤ殿下」


 うやうやしく礼をしたら、クヒヤはすぐに敬礼をとくように手を挙げてくれた。



「ああ、ここでは僕は、ただのクヒヤだから。

 カティの住まいがこの辺りだと聞いて、どんな暮らしぶりなのかと来てみたんだ」



 微笑むクヒヤの涼やかな水の瞳が『カティ』呼ぶときだけ、やさしい。






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