葉山、仲間と出会う。

「……でもハヤマのおかげで一つわかったことがある。我が国が弱い理由……のひとつ。たぶん、戦闘で魔石を使う時にいつも、『我』を『私』って読み間違えてたからだ。だから今まで魔法の力を存分に引き出せなかったのよ」


「なるほど。漢字のケアレスミスってやつですね」

 

 ここは漢字のケアレスミスがガチの致命傷になりかねない世界。はぁ怖。


 目標の建物につくと、車が近づいてくる音がした。レーナさんはまったく警戒していないが、味方の車だろうか。

 

 見ていると、古めかしい車が一台現れて、俺たちの前でギギーっと止まった。


「レーナ! 派手にやったな!」


 運転手席から、低く渋い男の声が聞こえた。窓から覗いたのは、とんでもなくマッチョなスキンヘッド。白いピッチピチのTシャツがその筋肉をより際立てている。


 それはまさに、元レスラー俳優のドウェ○ン・ジョンソンのような……


「ジョンソン! 遅かったじゃない」


 ジョンソンだった。

 

「ちとトラブルが発生してな。……そいつ誰だ? 戦場に……スーツとリュック?」


 ジョンソンが俺をジロリと睨む。


 そう、俺は仕事帰り、しかもプロポーズ途中だったもので、スーツにリュックという実に救世主らしからぬ格好であった。ごめんなさい。


「彼は助っ人よ。異世界から召喚したの。名前はハヤマ。すごいのよ、なんと漢字が読める!」


 レーナさんが俺の肩を叩くと、ジョンソンの横からひょっこり、ピッチピチの、かわいいツインテール女子が顔を出した。

 

「え〜?! お兄さん漢字読めるの〜?!」


 見ればレーナさんと同じ黒い軍服を着ている。こんな10代くらいの可愛い女の子も工作員……なのか?


「そーよ、すごいでしょ! さっきの炎見てた? いつもの火炎魔法の魔石を使ったんだけど、ハヤマが正しい読み方を教えてくれたおかげで、あんなに強くなったのよ!」


 レーナさんが嬉しそうに言うと、ジョンソンと女の子は目を丸くした。

 

「う、嘘でしょ〜?! さっきの炎……いつも野営で火おこしに使ってる、あの魔石だったの〜?!」


 いや、あの石アウトドアグッズ的な扱いだったの??

 

「そうよ! 信じられないでしょ! うちの国にある魔石もちゃんと使えば強かったのよ。まったく、今の漢字解読官はおっちょこちょいだからなぁ」


 それおっちょこちょいで済むレベルなの……?


 ツッコミが追いつかない俺を、車の後部座席に乗り込んだレーナさんが手招きした。


 大人しくレーナさんの横に座る。カーナビもない、年季の入った車だ。

 

「ハヤマ、彼はジョンソン。こっちの女の子はマリア。2人とも同じチームの仲間なの」


 早速、自己紹介タイムが始まった。

 

「ど、どうも。葉山です」

 

「よろしくな」

 

「マリアです〜よろしくね〜」


 暗い車内の中でよく見えないが、たぶん、二人ともニッコリ微笑みかけてくれている。いい人そうでよかった。


「あ、そうだハヤマさん、コレさっき道端で拾った魔石なんだけど、この漢字は読めますか〜?」


 助手席からマリアちゃんが、俺の手に魔石をヒョイっと置いた。


 その石は他の石よりも丸っこくて、どことなく青みを帯びていて、文字は金色に光っている。


 そこに書かれていたのは――


 

《世界滅亡魔法 発動呪文 婆流酢》


「…………」


「読めました〜? これ全部、漢字だから、わたしもジョンソンもちっともわからなくて〜」


 マリアちゃんがずいっと顔を寄せてくる。


 レーナさんも石を見るが、眉をひそめて首を傾げた。


 俺は一度、ギュッと目を閉じた。それからゆっくり目を開き、改めてその文字を読んだ。


 だが、何度読んでも、そうとしか読めなかった。


 ――天空のどこかで、3分間待ってもらったあとに、唱える感じの、アレ。


 婆流酢。


 いや、読み方「ばありゅうす」かもしれないな。イタリアンっぽく読んで、「バーリュビネガー」とかかもしれない。


 確認のために唱えてみたくなるけれど、正解を唱えたら、たぶん、世界、滅びる。


「…………」


「ハヤマ? どうしたの?」


「えっと…………」


 …………


 ……こらッ。


 誰ですか。


 こんな物騒なもん道端に落としたのは。


「……多分アレだけど、とりあえず俺がもっときます」

 

「え〜〜??」

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