R66【Night Hours ナイトアワーズ】

ZEIN

第1話 メーカーズマーク


 10月の夕暮れ、陽が沈む頃には一気に気温が下がり、秋の終わりが近いことを肌で感じさせる……。

 

 駅前から少し歩いた先に、ネオンサインが揺れている。



 店の名は……

R66【ルート・シックスティシックス】

男は、その前で少しだけ立ち止まり、息を整えると、扉を開けた。



 カラーンコローン


ドアベルの音が、変わらず迎えてくれた。


 店内にはオールディーズが流れ、空気は静かであたたかい。


 左奥のボックス席では、5人の高校生たちが何やら楽しげに言い合っている。



「おぉ、久しぶりだな……帰ってたのか?」


 カウンターの奥で、マスターが気づいて声をかけてきた。


 男は少し笑って頷いた。


「えぇ、戻ってきました。……他のみんなは……まだ東京あっちです」


「そうか……」


 男はカウンターの右端の席につき、静かに言った。


「……メーカーズマーク……ロックで」


 マスターがグラスを取り出しながら、少しだけ目を細める。


「いつもビールだったのに、東京むこうでウイスキー覚えたか?」


「いえ、初めて飲みます。……今日、二十歳はたちの誕生日なんですよ」


「そうか。おめでとう」


 琥珀色の液体が、氷をすべってグラスに満ちていく。


 男はひと口飲んでみた……舌に触れた瞬間、甘さのあとにじわりと苦味が広がり、飲み込むノドを焼くように落ちていく。


(……あぁ、こういう味なのか)

(美味い……とは思えないけど、鼻から抜ける香ばしさはいいな……)



 少しの沈黙のあと、マスターがふと尋ねる。


「ギター……弾いてるか?」


「……いえ。もう1年、弾いてません」

男はグラスを見つめながら苦笑した。

 

「何しに東京あそこへ行ったのか……歌も……仲間も……」



「……久々に一曲、弾いてみるか?」


男は少し考えて、ふっと笑った。



「そうですね。弾いてみますか」


 マスターが壁に掛かっていたエレキギターを外し、アンプに繋ぐ。男は、それを受け取って立ち上がる。


 指先が、少しだけ震えていた。でも、構えた瞬間にその震えは音に変わる。


 1音目で空気が変わった。

誰もが知っているあのイントロが響き渡った。

 

 ジョニー・B・グッド


 男がギターを弾くと、左奥ボックス席の高校生たちがざわめいた。


「すげー‼︎」

「ギター、なまら上手ぇ!」

「かっけー……!」

「プロか⁇」

「マジすげー!」


 演奏が終わると、拍手が湧き上がった。男はそれに軽く手を挙げて、笑う。


「はは、ありがとう」


ギターをマスターに返しながら、ぽつりと言った。


「……マスター、俺、二十歳はたちってもっと自由だと思ってましたよ……今思えば、あいつらみたいな頃が一番自由だったのかも……」


 マスターは、いつもと同じ声のトーンで返した。


「自由に見えたあの頃だって、いろいろ悩んでただろ?

でも、不思議と笑ってられた。……それが若さってもんだ」


 男は黙って、もうひと口ウイスキーを飲んだ。


 今度は、さっきより少しだけ、飲みやすかった……気がした。


 外に出ると、夜風が頬を撫でた。

男はポケットに手を突っ込んで、ゆっくり歩き出した。


 R66みせが背中を押してくれたような気がしていた。



………ネオンの下、ひとつの夜が過ぎていく。


 二十歳はたちの夜、少しだけ、未来に向かって音が鳴った。



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