第42話 歌姫と愉快な旅仲間


 朝靄に包まれた東城門。


 その前に並ぶ五頭の馬が、ゆっくりと歩を進める。


 門番たちが帽子を取って頭を下げる中、馬上のマーヤが軽く手を挙げ、微笑んだ。

赤みがかった髪が朝の光を受けて淡くきらめく。


 


「出発しましょう。ミコト村までは、のんびり行っても半日くらいよ」


 


「は〜い、お嬢様〜♪」


 


 軽やかに応じたのは金髪の青年リオ。


 茶目っ気のある笑みとともに手綱を引くと、背中の青い外套が朝日に映えてひるがえった。


 


 クロヴィルナはその少し後ろ。


 まるで姫に付き従う騎士のように背筋を伸ばし、静かに馬を進めていた。


 マーヤの方を見やるその横顔には、昨日の冷たい視線とは打って変わって、柔らかな笑みが浮かんでいる。


 


(……めっちゃうっとりしてるじゃん……)


 


 凛人は思わず小声でつぶやいた。


 誰にも聞かれていないことを祈る。


 


 一方で、無駄に気迫を放ちながら無言で馬を駆るのは、例の中世ヤンキー──マクシム。


 あまりの威圧感に、近くの鳥すら進路を変えて逃げていった。


 


「なんで旅に出ただけでラスボス感出してんだよ……」


 


 納得のいかない表情で馬を並べる凛人に、リオが笑いながら声をかけた。


 


「“団体旅行”になっちゃって残念ね、凛人さぁん?」


 


「い、いやっ! リ、リオはいいんだよっ! 理解もできるよ。

 でも、あの二人は何なのさ……?」


 


 凛人が言う “二人” とはもちろん、ヤンキー殺気系男子のマクシムと、

冷徹令嬢から一転うっとり乙女モードのクロヴィルナのことだ。


 


 マーヤに与えられた “巡察公女(シュルヴェイユーズ・ド・ルメリア)” という役職。


 名目上は王命による領内巡察だが、実質は「貴族としての責務を忘れて、好きなところを自由に見てきていいよ」という特例中の特例。


 


 その護衛としてリオが選ばれたのは納得だ。


 


 だが──


 


(なんでこの二人もついてきてるんだよ!)


 


「ガレリオ様だよ」


 


 ふと、リオが言った。


 


「……え?」


 


「あのじいさんがね。生徒にとってもいい刺激、いい経験になるだろうってさ。

 もちろん凛人にとってもね」


 


 リオは肩をすくめる。


 


「おかげで、どちらの家にも使いを出したり、準備を手伝ったりで朝までバタバタだったよ」


 


「でも……なんでこの二人が?」


 


「彼らは学院でも優秀だからね。

 それに、家柄としてもフィオラリス家に近しくて、忠誠も誓ってる。安心して任せられるってわけさ。


 


 あ、俺も彼らのことは知ってるよ。


 


 マクシム・ド・モンヴィル・ストレルド──悪名高きストレルド家の長男に、

 クロヴィルナ・アデル・ド・ヴィルブランシュ──フィオラリス家の守護を担うヴィルブランシュ家のお嬢様だ


凛人は早速彼らと仲良くなったんでしょ?


 リオは凛人のことを呼び捨てで呼ぶことが増えてきた。親しみの表れだろうか。

もっとも揶揄うときは敢えて「さん」付けで呼んでくる。


「いや……昨日の一日で仲良くなった、っていうのは違う気が……」


 


「ガレリオのじいさんにはいろんなところから情報が集まるのさ。

 あの人、城下町一の情報通だよ?」


 


(だとしたらガレリオ……マクシムはともかく、クロヴィルナの評価は間違ってるぞ)


 


「にしても、マクシムの家って、悪名高いの?」


 


 リオは面白そうに笑った。


 


「うん、悪い噂が絶えないね。

 グレイヴェルン中どころか、王都にも広がってるくらいさ」


 


「な、何したの……?」


 


「戦争捕虜を拷問して殺すとか、その血をグラスに注いでワインみたいに飲むとか……

 領民が週に一人ずつ消えてるとか、召使の失敗には手を切るとか」


 


「……マジで?」


 


 リオが声を上げて笑う。


 


「全部、ただの噂話さ。ストレルド家は実直で忠実な家だよ」


 


「じゃあ、なんでそんな噂が……」


 


 と、口に出しかけて凛人は気づいた。


 


「……もしかして、親もあんな感じ?」


 


 ちらりとマクシムを見る。無駄に溢れ出る殺気。


 


「そう。ストレルド家の屋敷ごと、あんな雰囲気なんだよ」


 


「……そりゃあ、悪評も立つわ」


 


「マクシム君もクロヴィルナちゃんも、昨日ガレリオじいさんに直接頼まれたんだ。

 そりゃもう張り切ってるさ。


 


 クロヴィルナちゃんはマーヤお嬢が大好きだし、マクシム君なんて、ありゃあ昨日寝れなかったに違いないね。


なんせガレリオのじいさんは、彼にとっても、彼の家にとっても特別な存在だからね。」


 


(……眠れなかったのは分かるけど、なんで気合入れる=殺気増しなんだよ。

 むしろ減らせ)


 


 マクシム、やっぱヤンキーだ。


 


 一方、クロヴィルナのマーヤへの接し方がまた謎すぎる。


 


 昨日の凛人への冷酷さを思い出すと、このギャップには納得いかないものがある。


 


(オレにもそれくらいデレてみやがれ!)


 


「ちなみに、あの二人はマーヤお嬢の二つ下。十五歳だよ」


 


(……前言撤回。十五歳に“デレろ”は事案だ)


 


 この世界の子ども、見た目が大人すぎる。


 


 というか、マーヤだって十七歳なんだし、そんなもんかもしれないけど。


 


(でも、見た目と雰囲気はどう見ても二十超えてるよな……)


 


 クロヴィルナに視線を移すと、ちょうど目が合った。


 


 ぴたりと動きを止める彼女。凛人が驚くより早く、すっと視線を逸らす。


 


(……な、なんなんだよその温度差は!)

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