第34話 グレイヴェルンの歌姫といるべき場所
まずはガレリオに話し、それからマーヤとカイルに伝えた。
「帰ろうと思うんだ」
凛人は静かに、決意を告げた。
彼の瞳には、静かな覚悟と、どこか寂しげな色が浮かんでいた。
マーヤは短く「……そう」とだけ言い、
「帰っちゃうのかよー!」と子どものようにごねたカイルの目は、少しだけ潤んでいた。
「この世界が嫌だとか、そういうんじゃないよ。もちろん、お前らが嫌いなわけでもない」
そう言って、凛人はマーヤの方を見た。
彼女はそっぽを向いて、窓の外に視線を投げている。
「向こうでやり残したことがあるんだ。……自分で決めた、どうしてもやりたいこと」
その言葉に、マーヤの肩がぴくりと震えた。
「それをやらなきゃ、たぶん……死んでも死にきれない気がするんだ」
「前にカイルに言ったよな。人には“いるべき場所”があるって」
「うん」
「それとは別に、“やるべきこと”ってのもあるんだって、ここで学んだ。……お前らと過ごしてさ」
警護団の若き騎士たち、そしてマーヤとの出会い。
この世界で得た絆と、彼らが見せてくれた覚悟が凛人を強くしていた。
「ここを離れるのは寂しい。でも、それでも……帰らなきゃ」
マーヤが、ほんの一瞬だけこちらを見て、言った。
「……あんたの人生なんだから、好きにすればいいでしょ」
マーヤはぷいと顔をそらしたが、その耳はほんのり赤くなっていた。
「......ま、せいぜい後悔しないようにね」
言葉は冷たいが、その奥には温かな想いがあった。
(まったく......根は優しいんだよな。素直じゃないけど)
その後、リオやグリとグラ、ヨネさん、領主レオニスにも別れを告げた。
皆別れを惜しんでくれた。
皆と食事をしたりお酒を飲んだりして、しばし楽しんだ。
帰還の儀は、庭園で行うことに決まった。
屋根のない開けた空間。
何が起こるかわからない以上、室内よりは安全だというガレリオの配慮だった。
当日——
予想を超える人数が見送りに来てくれた。
警護団も、領主レオニスも、そして……マーヤも、カイルも。
「みんな、本当にありがとう。おかげで、ここまで来れた」
静かに頭を下げる凛人に、誰もが無言で頷いた。
空気が張りつめる。
凛人は、
澄んだ音が庭園全体に響いた。
手には、凛人の世界から転移してきたICレコーダー。
凛人を元の世界に戻してくれる聖遺物だ。
この世界に来る時にユル=ノトに唱えてしまったように、
今度はこのICレコーダーに帰還の神韻魔法を唱える。
「じゃ、行ってくるよ」
マーヤが旅立ったときに言ったあの言葉を真似してみせた。
軽く、散歩にでも行くように。
——“あの場所へ”
その言葉が空に響いた瞬間、音が波紋のように広がり、
無数の光粒が空中に舞い上がった。
神韻魔法のどの発動よりも、眩しく、美しい。
庭園の半分を包む光が凛人の周囲に集まり、やがて円を描き出す。
眩しさの中で、凛人の姿は消えた。
……
「行っちゃったのか……」
リオがぽつりと呟く。
「……あやつには、あやつの“やるべきこと”があると言っておった。この場にいる者なら、わかってやれるだろう」
ガレリオの言葉に、誰もが静かに頷いた。
そのとき——
光は再び集まり、眩い旋律が空に舞った……が、
「ドン」
現れたのは尻もち姿の凛人だった。
乾いた音が庭園に響いた。
そこには……体育座りで、尻もちをつく凛人の姿があった。
「……えっ?」
「……!?!?!?」
みんなの目が点になる。
マーヤも口をあんぐりと開け、言葉を失っていた。
「あ、あれ? なんで……?」
凛人はあたふたと立ち上がり、もう一度音叉を鳴らす。
「そ、それじゃ……」
もはや気まずそうに目をそらしながら、再び歌う。
——“あの場所へ”
光が再び集まり、凛人が消える。
……
「コホン」
ガレリオが仕切り直すように口を開いた。
「そう、神韻魔法とは未だ神秘の……」
——「ドン!」
再び現れる、尻もち姿の凛人。
……
その後、何度試しても凛人は庭園に戻ってきてしまった。
「な、なぜだあぁぁ!?!?」
「ふむぅ……。薄々思ってはおったんじゃが」
ガレリオがヒゲを撫でつつ言う。
「このICレコーダーという聖遺物にとっての“帰る場所”とは、
時間や場所ではなく、“繋がるべき者のいる場所”だったのかもしれんのう……」
「そして繋がるべき者のいる場所、とはお主のいる場所のことじゃよ」
「……マジで!?」
ざわめく一同。
「つまり、お主はICレコーダーに“あるべき場所に帰れ”と命じた。
ICレコーダーは命じられた通り、本来あるべき“お主がいる場所”に転移したんじゃよ」
周りが白けた顔でざわつく
「じゃあ、魔法は発動してるけど……元の世界には戻れないってこと??」
「帰還の神韻魔法って、そんなオチあり?」
「最後のセリフ、結構キマってたのにな〜」
凛人はいたたまれず、マーヤの方を振り返る。
マーヤは驚いた顔をしていたが、凛人と目が合うと、顔を背けて口元を緩めていた。
「なんなんだよ!! コンチクショー!!」
庭園は、笑いと春の陽気に包まれていた。
情けなく肩を落としている凛人の肩に、マーヤが手を置く。
「あなた、まだまだ修行が足りないのよ。きっと」
ニヤニヤしながら言ってきた。
庭園に差す光は、まるで“ここが本当に帰るべき場所”だと語りかけるような、優しさだった。
凛人は苦笑しながら、手にした音叉を見下ろした。
「——ま、もう少し、ここで足掻いてみろってことかな」
デル=ハンを握る手に、ほんの少しだけ力がこもる。
その声に応えるように、春の風が吹き抜けた。
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