第38話 エルリオ・リオン

魔法塔……。


魔法学園トリバスの敷地内にある、図書館よりにある、巨大な石畳の塔。


そこに、ユーグストと共に、アリセアはやって来ていた。


目の前にはフードを被った、男性が背を向けて、窓辺に向けてテーブルに座っている。


目の前の魔道具のパーツを無心で組み立てているようだ。


艶やかな緑の髪が、フードの隙間からはみ出て。


その顔は、大きな分厚いメガネに隠されている。


「お久しぶりですね、アリセア嬢」


顔はパーツに向けられていて、視線は固定されている。

だけど、背後にいるこちらの様子は分かっているようだった。


「お久しぶりです……エルリオさま」


私たちは顔を見合せ、圧倒されたように彼を見た。


今日は、ユーグスト殿下が、

「よくアリセアが行っていた、魔法塔に行ってみよう」

と進言してくれたので、さっそく来てみたのだが。


凄い集中力だ。


魔道具制作中に、訪問してしまって申し訳なさが募る。



「ユーグ、……エルリオさまは、どんな方だったかしら」


ひそひそと、話す私たちの声は、エルリオ様の作られていた魔道具から、爆音が響き。


ちょうどかき消される。


「エルリオ・リオン……俺と同じ18歳だよ。

彼はこの魔法研究所でもかなり有名で、

入学する前から魔道具制作の一員としてその名を轟かせていたよ」


「凄い方なのね」


「うん、……魔力をどうしたら増やせるのか。アリセアが、彼にその相談をしていて、よく一緒に研究していたと、この前初めて"聞いた”んだ」


もちろん、アリセアの、魔力量は内緒にして。


そう言って、ユーグはアリセアの髪を撫でた。



ユーグの言葉に、アリセアは、目を開き驚いた。


あ……そっか。


謎のままだった、記憶の一部が、今やっと繋がったかもしれない……。


図書館でたくさん勉強していたのは、


寝ずに勉強していたのは……このことだった?


もし、そうだとしたら、ユーグスト殿下に心配をかけないように、


……きっと魔力量を増やして、安心させたかったのかもしれない。


人知れず、頑張っていたんだ。


それに、有事の時は、魔力量があればあるほど、国や、国民。


そして殿下をお守りすることが出来る。


同じ自分とはいえ、その気持ちが痛いほど伝わってきて、気持ちが強く揺さぶられた。


きっと、ユーグもそれに気がついて……こんなに優しい目で見てくれているのだろう。


過去の自分のこととはいえ、何故か今の私すら、照れが出てしまう。


他の勉学に関しては覚えているのに

……余程私に密接に関わっていたのか、研究内容に関連する記憶が、ないように思う。


それにしても。



「もしかして……聞いたっていうのはヤールから?」



アリセアが少し驚きながら尋ねると、ユーグは少し黙り込んだ後、言葉を選ぶように答えた。


「……アリセア、そこは何も言えないかな」


「ユーグったら……」


私たちは、いつの間にか、前よりも自然体で話せていて。


話の中に出てきた護衛のヤールからも、良かったですね、と何故か安堵してくれていたようだ。


ユーグは私が何を話しても楽しそうに聞いてくれる。


とはいえ、まだちょっぴり自分の言葉にハラハラするし、敬語も出ちゃうんだけど。


以前よりも、また1歩、距離が縮まった。



「そうだ。ユーグスト殿下、貴方に頼まれていた例のブツはソコにありますよ」


エルリオが、左手で床に置いてあった籐の籠を指さす。

相変わらず視線は魔道具に向けられたままである。



え?例のブツ?


ユーグが頼んでいたものって?


アリセアがユーグストの方を見上げる。


「ありがとう、助かった。取りに来るのが遅くなってすまない」


ユーグスト殿下が、エルリオの指示したカゴの中から、あるものを取り出した。



「わぁ……ネックレス、ですか?」


きらきら碧色に染まる水晶に、雫型の小さめのネックレスが白い箱に入っていた。


アリセアは目を見開き、言葉を漏らす。


ユーグも、感心したかのように思わず、と言ったように口を開いた。


「凄いな……この短期間でよく装飾品に魔法効果を付与できたね」


「はい……寝ずに作りました。1週間ほど」


「「え?!」」


その一言に、アリセアは驚き、ユーグも思わず黙り込んだ。



困惑したアリセアだったが、ユーグに見つめられていることに気が付き、首を傾げる。


「どうしました?」

「これは、君にと思って、頼んでいたんだよ」

「わたしに?」


ユーグストから、戸惑いながら受け取った。


小さな箱の中のネックレスが、キラリと光って。


その光は太陽の光をあててもいないのに、宝石の中で輝きが移動している。不思議なネックレストップだった。


「綺麗……」


見ていると、なんだかほわっと、心が踊る。


「アリセア嬢。それは、ユーグスト殿下が、

あなた用に、身を隠すせる機能がついた魔道具を作成して欲しいと、頼まれたものです」


そこで初めてエルリオが振り返りながら、眼鏡をとった。


「……っ!」


驚きで声が出なかった。


その青年もまた、端正な顔立ちだったからだ。


涼し気で深みのある緑の眼差しは、冷たい印象を与えていた。


だが、その口元は真逆で、優しく微笑んでいて。


はねっけのある髪が、また彼の雰囲気を優しく見せていた。


危ないところだった。


知らない人を見るような声を上げなかった自分を褒めたい。


「殿下が提唱して下さった、こちらのオリジナルの魔道具の核となる理論を応用、実験、検証を繰り返し、やっと出来ました。さすがユーグスト殿下です」


私の技量ではここまで辿りつけませんでした、と彼は笑った。


続けて、


「すみません、髪が乱れるかもしれませんが、換気させてください」


と彼が言った。



「構わないよ」

ユーグストの声を受けて、彼はフードマントをきちんと折り畳み、窓を開ける。


心地よい風が……と思いきや、

ぶわっと勢いよく入ってきて、独特な研究室の匂いが、一瞬で薄れた。


塔の高層階だからか、風が思ったよりも強い。


「魔法力付与実験の時は、ニオイが立つんですよ」

すみません、と言い、アリセアとユーグストに席を進めてくれた。


その間に彼は、心地よい風が入る程度の開きにし、

それと同時に、魔法の杖を掲げながら、彼はほんのり笑う。


「コーフィ・ディス・エレ」


そうすると、先端に緑の光が優しくともり、

アリセアとユーグストの目の前に湯気が経つ、

3つのコーヒーカップがふわりと現れた。


一つ一つのカップがゆらゆら浮いているのに、不思議と中のコーヒーは零れない。


「わ……」


凄い。


その言葉はなんとか飲み込んだ。


よく来ていたと言うから、何度か見た事のある光景かもしれない。

初めて見るような反応をしたら、エルリオさまに心配を、おかけするかもしれない。


「魔法研究所特性コーヒーです。アリセア嬢はちゃんといつもの様にお砂糖3つはいってますからね」


「あ、ありがとうございます」


その言葉に頬が染まる。


どうやら今も昔も変わらず甘党らしい。


アリセアの縮こまった様子を見て、ユーグストが破顔する。


「笑わないでください、ユーグ」


「ごめん、でも、……ふはっ」



こんなに笑っているユーグストは珍しい。


アリセアはこんな時だけど、ユーグの心が晴れているようで、嬉しくなった。


ここのところ、私たち、ちょっと暗かったものね。


目の前のエルリオに、感謝した。

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