第39話 隠れているモノ (中編)
「お待たせしました。話を伺います」
あれから、結局クッキーまで出してくださった。
久しぶりに会えて良かったですとエルリオ様が仰ってくれる。
なんだか癒される方だな。
「実は……この学園にまつわる、古くからのお話って、なにか聞いた事ありますか?」
「古くから、ですか。」
「はい」
「そうですね……」
アリセアは、ぼやかした表現をして、あえて彼に与える先入観をなくした。
わざわざ魔法研究所のところへ来たのは、エルリオの記憶力が良いのを、見込んでのものもあった。
ここ、魔法塔は、古くからの積み重なった魔道具制作、
研究結果、魔法体系の文献の他にも、
ありとあらゆる貴重な文献が並んで……いや、散乱している。
図書館とは違った、コアな情報が集まりやすいと聞く。
ここにある全ての文献をほぼ読破したと言われているエルリオ。
尋ねない理由はなかった。
「この前、そういえば誰かが調べてましたね?」
「え?」
アリセアと、ユーグストは顔を見合せた。
困惑したアリセアは、エルリオの方へ顔を向けた。
「どういうことでしょうか」
「そうか……。ユーグスト殿下の……あの護衛の方でしたか」
合点がいったというように、エルリオは笑った。
「どういう事だ、エルリオ」
戸惑いを隠せないユーグに、エルリオは微笑む。
「いえ、夜、いつものように、魔道具制作をしていたのですが、
背後でうろうろされている方がいるなーと気が付きまして。
特に貴重なものもなかったのでそのままにしていたのですが」
「は、背後?」
アリセアは、狼狽した。
「えぇ、肉眼では姿は見えませんが、私にはこれがありますので」
そう言ってふたたびメガネを装着する。
「これ、特殊なメガネでしてね。不可視状態なものくらい簡単に……」
そう言って、しばし沈黙する。
どうしたのだろう。
「あぁ、失礼。隠れているモノを見つけることが出来るんです。……ですが、それでも、気配はするのに見えなかった」
「凄い……機能なのですね」
驚きで声が出ない。
「はい。残念ながらお相手の方が力量が上だったようで。
輪郭すら視認出来ず……気配だけはなんとか感じ取れたのですが、悔しい思いをしていたのです。」
「エルリオ。普通、謎の侵入者がいたら、対処するだろう。何故分かっていて見逃したのか……」
困惑顔のユーグストだが、ソレと同時に、エルリオの才を褒めた。
「観察はしていましたが、危険性がないと判断しました。
その方がユーグスト殿下の懐刀なら、納得です。
もしかしてその時、学園の七不思議を調べていましたか?」
「確かにヤールには調べさせていた。認めるよ。君の考察力はやはり私が思っているより遥かに高いね」
ユーグスト殿下は、ふっと笑うと、見逃してくれてありがとうと感謝を述べた。
「いえ、どちらにせよ、私は戦闘向きじゃありませんからね」
苦笑しながらも、どこか思いを馳せながら語る。
「エルリオさま。私の言葉から、そこまで分かるなんて……流石ですね」
アリセアは、エルリオの推理力の高さに、驚きに目を見張った。
「ありがとうございます。それで……
本当におふたりが聞きたいことは、なんですか?」
楽しそうに笑うこの方に見つめられ、少しだけ背筋がゾクッとした。
見た目は羊のように優しいが、中身は狼のような人に思えて。
そんなことを考えるのはとても、失礼な気がするけど。
アリセアが躊躇しているのに気が付き、
ユーグがそっと微笑み、彼女の肩を優しく触れる。
「実は……」
ユーグストが、重い口を開いた。
「なるほど……人に影響を与えることが出来る、モノ、ですか。
先程から随分抽象的な言葉をお使いになりますね。
……あぁ、あらゆる可能性を、捨てない為、ですね」
「あぁ、そうだ。君に聞きたいのは、例えば……」
「魔力の増減、ですか?」
ユーグスト殿下の言葉を遮るエルリオの顔は真剣だ。
「……その通りだ」
「そうですね、……アリセア嬢も、私と一緒にそのテーマを研究していたのですが。
例えば人から人へ魔力を移すことは出来ます。
これは、3年生の教科書にも載っていることですよね?」
エルリオは、ユーグスト殿下に顔を向け話す。
「あぁ……知っている」
「……っ」
アリセアは、そのユーグの言葉に動揺した。
隣にいるユーグストも、どこか気まづそうに座っている。
「例えば手を繋ぐ、体が触れる。そこまでは魔力は移動しません。しかし、アリセア嬢の前でする話ではないかもしれませんが、……それ以上に、身体と身体の、濃厚な接触をすれば、微量、ですが魔力は移動します。これは、厳密には移動というより、微量にお互いの魔力が結合しながら、身体に馴染みます」
「はい……」
なんとか相槌をうつものの、いたたまれなくて頬が熱くなる。
エルリオさまの方に顔を向けにくい。
ちらりとユーグを見ると、彼も同じような気持ちになっているらしい。
そんな私たちを見て、彼はふっと笑う。
「他にも、病気の介護や、戦闘時、どこかを怪我をした状態で相手の傷に触れた。
そういう、意図しないところから、魔力が微量に移動することもありますが……」
そう言いながら、エルリオは思案しながら、言葉をひとつ1つ、えらんでいるようだった。
「ですが、これは人と人、だからです。例えば……そうですね、これがもし魔獣や精霊だったなら、きっと、恐らくなにかの理由や大きなキッカケがないと人へと移動しませんよね?」
「キッカケ……?」
彼に聞こえないような小さな声で、反芻し、
アリセアは戸惑いながら、その言葉を自分に落とし込む。
「仮に理由があったとして、どうやって移動するか。それは精霊ならば彼らオリジナルの陣で……そして魔獣は……例えば、それを食らった時に」
「魔獣は……遠慮したいな」
ユーグストが眉を寄せながら呟いた。
(魔獣を誰か食べたことがあるって言うことかしら)
アリセアは言葉を失った。
「まぁ、そんな感じなので、私たちは個人の力でどうにか、魔力の、基準値の上昇が出来ないか、色々と研究していたのですが……なかなか思うようにいかず」
「誰も魔獣をすすんで食べたいだなんておもわないですからね」
アリセアが苦笑しながらつぶやく。
「そもそも、穢れがうつりそうだしね」
流石のユーグも、苦い顔になる。
穢れとは、運が悪くなったり、病になりやすくなったり、寿命が縮んだりすると聞いたことがある。
せっかく魔力基準値が、増えても、不健康にはなりたくない。
「いつだったか、人から人へ、魔法陣を使って、膨大な魔力を、移動させる治験を進めようとしている話はきいたことがありますが……きっと、大きな代償がおこる」
「おおきな……代償」
私の魔力が増えたのは、人から貰ったか、もしくは精霊のような何かから?
ユーグを、見ると、難しい顔をしながらも、小さく頷く。
そうか、ユーグが治験の話を。
それを聞いたことないはずが無い。
彼もまた、魔法研究に関与していた過去があるのだから。
きっと倒れたあの日から、本当にあらゆる可能性の観点からユーグストは私を心配してくれていたのだろう。
私は……ただ、怖がっていただけだ。
記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です~ @hikarinosakie
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