第14話 例え今の君の記憶に届かなくても
剣術演習が終わり、ヤールと共に騎士科の施設へ戻ろうとしていた時。
ユーグストは、女生徒たちの黄色い声に囲まれた。
「ユーグスト殿下、ごきげんよう!」
「あの、殿下。私の父が、今度我が領で人気のフルーツをぜひにと、食べて欲しいと仰ってまして」
「私の姉が、今度結婚するのです。あの、恐れ多いのですが、ぜひ殿下にも何かお祝いの言葉を頂けたらうれしいのですが」
「先日の騎士科の試合、拝見しておりました!あの時の姿勢や構えがとても素敵で………」
いつもの様に、様々な言葉を投げかけられる中、穏やかな微笑みを、浮かべた。
「ありがとう」
次々と対応しながらも、その足取りはとめない。
ときに、騎士科の訓練は多岐にのぼる。
魔法、剣術演習、乗馬訓練。戦術、兵法。護衛戦術。
他にも色々な授業がある。
そのどれも優秀な成績を収めているのが、彼、ユーグストだ。
ただし、"俺”は自分のことを、そこまで認めてはいなかった。
と、言うのも、5つ上の兄……皇太子が、さらに己よりも飛び抜けて優秀だからだ。
兄は昔から感情を表に出すことが少なく、情報収集や外交に長けていた。
ただそこに立っているだけで周囲を圧倒するような、立派な体格と、威厳を感じさせるオーラを持っている。
そして何より決定的な俺との違いは、この国を滑るための統治力があること。
まさにカリスマ性とも言える。
もう既に。
父である、皇帝の代行を務めあげることも多い。
確か、今の俺の年齢では、既に国の様々な地域に出向き、実績を積んでいたはずだ。
それでも当時、「青二才が」と兄を侮り、騙そうとした者たちは……。
兄によって、次々に論破された。
相手の問題点を的確に突き、ぐうの音も出ないほど言い負かしていく姿は、まさに圧巻だった。
多くの政治家が、彼の前に敗れ去った。
……。
アリセアに誇って貰えるまで、一体どれくらいの研鑽を積んだらいいのか。
常々そう思い悩み、あらゆる分野を努力してきたが……。
穏やかに笑うだけに見える自分が、実は苦悩しているなんて、まさか誰も感じないだろう。
幼い頃の自分は、今以上に兄とのコンプレックスに悩んでいた。
父の視察に同行し、色んな場所に行くたびに、兄の功績について語られたり。
民衆から、宰相や貴族達から、あらゆる言葉をかけられ続けた。
……そんな声に、胸がちくりと痛む日もあった。
様々な声がかけられる中、ハリボテのような顔が、崩れてしまわないように、いつも意識して笑顔の仮面を被っていたのだが。
けれど、彼女だけは、いつだって俺の内側の、弱い部分に、気がついてくれていて、寄り添ってくれていた。
小さな頃の彼女は、他の人とは違って、心のパーソナルスペースに、1歩踏み込んだ言葉を使う人だった。
普通の女の子は……といったら失礼になるかもしれないが、私の周りには穏やかな女の子が多かった。
今思えば、オレが王位継承権第2位の、王子だから、気を使った話し方をしてくれていただけだろうが。
だからこそ。
正反対の彼女に出会った時は、唖然とした。
『まぁ。ユーグスト様、実は落ち込んでいらっしゃいませんか?どうして笑うのです』
『当たってました?そうですよね……無理して笑っている気がしたのです』
『お兄様に怒られた?怒られている間は花ですわ。期待されなくなったらお終いです』
なんて、真顔で、ドスっと心を抉ってくる彼女のセリフに、初めは茫然とし、傷ついたものだが。
『でも、ユーグスト様の笑った顔、周りを明るく照らしてくれているようで、私は……』
なんて、先は言わなかったものの、頬の赤みがその言葉の続きのようで。
全てをひっくり返してくるから。
そして。その後の彼女の行動一つ一つが。
"俺の事を心配してくれている。”
と、物語っていて。
その意味に気がついた時は、さらに衝撃が走った。
「この世の中に、こんなに可愛らしい女の子がいるだろうか」
そう。
思ってしまったのだ。
そんな彼女を、今度は俺が守ってやりたい。
そう思うのには時間がかからなかった。
例え、今の君が全てを忘れてしまっていたとしても。
「ヤール」
「はい」
振り向きざまに、背後にいたヤールに、ユーグは音をのせず、唇の動きだけで言葉を紡いだ。
『俺の事はいいから、しばらくの間アリセアを頼む』
「承知しました」
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