第13話 フォート・セフィオル
「おーい、姫君。どっか行くの?疲れた顔してるけど」
「ひゃあ?!……びっくりした。フォート。いつの間に隣りにいるの……それに、姫君って」
お昼の食事を終えたあと、1人で図書館に向かおうとしていた私は、突如現れたフォートに足を止められた。
何も言わないまま歩き出しても、彼は当然のように並んで歩いてくる。
「えっと?...フォート。私は図書館へ勉強しに行くのよ?」
困った表情の私に、フォートはからかうように笑みを浮かべた。
「知ってる、今までもそうしてただろ?たまに俺もついて行ってたじゃん」
「え?あー…そ、そうね」
そうなのね。
てっきり図書館での記憶は大体戻ってきたと思っていたけど。
フォートと一緒に過ごした記憶がない気がして。
完璧に記憶を取り戻せていないのは確かだから、まだ忘れてるだけかしら。
適当に会話を合わせて、図書館まで歩いていく。
今日は通常通り稼働しているので、部屋に入ると何人かの生徒が利用していた。
その中に、ふと目を引く青い髪の青年がいた。
整った顔立ちに落ち着いた雰囲気。
まるで大人のようで、この学園の生徒というには少し年上に見える。
けれど、殿下から頂いた先生方の顔写真の中に、彼の姿はなかったはずだ。
しかも、彼の制服は明らかに生徒側のものだった。
……誰だろう?
そう思った矢先、彼と視線が合った。
「アリセア」
「え?」
ハッと気がつくと顔の前にフォートの手がひらひらと向けられていた。
「目、開けたまま寝てない?」
「も、もう、失礼ね!起きてます」
図書館内なのでもちろん2人とも小声である。
「そっかー、急に立ち止まったからさ」
言いながら、フォートは額にかかった髪をかきあげる。
「ここ、相変わらず全体的に照明が暗いよな、なんか出てきそうだし」
なんて、さらに私をからかってくるし。
そんなことを言われたら、なんだか気になってきちゃう。
アリセアがきょろきょろと周りを見渡した時には、いつの間にかその青年はいなくなっていて、アリセアもその時にはすっかり忘れていた。
********
「ところで、本当に何しに来たの?」
「ん、だから勉強、とか、色々ね」
「ふーん??」
机にだらーっと両腕を投げ出し、面倒くさそうに顔を机にのせているフォート。
何故、私の横に座るのだろうか。
席はたくさん空いているし、まさか図書館1階の実習室にまで付いてくるとは思わなかった。
これじゃあ集中出来ない。
でも今回は本を読む事が目的ではなくて、実は、図書館周辺の様子を見るために来たのである。
まずは私がよく通っていた図書館内にある、実習室。
何か手がかりがないかなと思い、こうして自主的にやってきたのだけど。
……まったくピンとくるものもなく、分からない。
手がかりと言っても、その手がかり自体が0の状態なので、あらゆる可能性を考慮して、普段から利用していたこの場所に再びやって来たのだけど。
いつも読んでいた本がこの部屋にもたくさんあるが、ジャンルがたくさんありすぎて、パラパラとめくっても、今の私にはこれだ!というヒントになる内容は特に見当たらないように思う。
新たな記憶が呼び覚まされることも、ない。
倒れる前、誰かに話しかけられたことはおもいだしたんだけど。
実際来てみたけど、今日の図書館では、他に話しかけてくるような、私のことをよく知っているような人物も見当たらなかった。
何か思い出せそうな気がしたのに、空振りかな。
誰と、どこで話したのか。
考え込んでいた私の横で、フォートが大きな欠伸をひとつして、ゆっくりと目を閉じた。
(……え、寝た?)
あまりにも自然に、何の躊躇もなく眠りに落ちる姿に、ちょっと驚いてしまう。
「おやすみ3秒」って、まさにこういうことなんじゃないかしら。
……すごい。
もしかして、どこでも寝られる特技でも持ってるのかな。
口がほんの少し開いて、穏やかな寝息を立てているフォートの顔を見ていると、つい、ふっと笑みがこぼれてしまう。
なんだか、幸せそう。
お昼ご飯食べたあとは眠くなっちゃうもんね。
それは分かる。
今日は私も慣れない部屋で寝たせいか、特に眠かった。
殿下の、隣りの部屋、心地よかったんだけどね。
……緊張、するよね。
扉1枚隔てた場所に彼がいるんですもの。
アリセアはふわぁと小さく欠伸をして、手元の本を見た。
暫くは、ペラペラと何度もページを捲っていたのだけれど。
活字が、目を滑っていく。
あ……ダメだ、意識が。
寝ちゃう。
………。
……。
**********
「まさか貴方に記憶がなくなるなんておもってもみませんでした」
「え?」
数メートル先に、男性が佇んでいるのが分かる。
あれ?……これは夢?
さっきまで図書館にいたはずなのに。
目を開けると、そこは何も無い真っ白な場所で。
空間全体に霧のようなものが漂い、男性の姿をぼんやりと隠している。
他にも、きらきらひかる粒子が、辺りいっぱいに漂い、まるで星屑の中にいるようだった。
誰?
……やっぱり私、図書館で寝ちゃったのかな。
どうしよう、起きないと。
……でも、起きるってどうやって??
アリセアが焦って身体を動かそうとするも、ふわふわと身体が浮くだけで、その場からどうしても動けない。
え、何これ。
夢だから?
どうしよう。
「貴女にはあれを解き放って欲しいのに」
「あれ、とは?」
ふいに聞こえた男性の声に、夢だと分かっていても、問いかけられずにはいられなかった。
「本当に忘れているのですね。まいったな」
酷くガッカリした声色で、まるで責められているかのようだった。
「ごめんなさい」
つい、反射的に謝ってしまう。
「仕方ありません、ですが、貴女には頑張ってもらわないと」
「頑張る??」
夢にしては、妙に意味深なやりとり。
夢の中で、まるで謎解きの幕が上がったようだった。
「貴女には私の……を、もう渡したでしょう?もうそろそろ……」
その続きを聞こうとした刹那。
「アリセア、耳をふさいで!」
背後から聞きなれた声がした。
この声は……。
そう思った瞬間。
バリバリバリ!!!
空間を縦一文字に、雷のような閃光が切り裂く。
世界が轟音と共にさらに白く染まる。
「きゃっ……!」
思わず耳を塞ぎ、身体を縮める。
鼓膜が破れそうなほどの衝撃。
あの声がなければ、まともに立っていられなかった。
気づけば、さっきまで目の前にいた人物の影は、ゆらいで、跡形もなく消えていた。
……なに? 一体、何が起こってるの――!?
ドクン、ドクン……。
自分の心臓の音が、耳の奥で何度も反響する。
ゆっくりと、振り返った。
そこにいたのは――
黒い髪が、風もないのにゆらりと揺れる。
斜めに構え、両手をポケットに突っ込み、どこか茶化したような笑みを浮かべて。
「…フォート」
彼の姿がそこにはあった。
*******
「アリセア嬢、おーきーろー」
「ん……んん……」
誰かに肩を優しく揺さぶられながら、ぼんやりと瞼を開ける。
霞む視界の中に、まず見えたのは……フォートの顔だった。
あれ……私、寝てたの……?
手に持っていたはずの本は、彼の手の中にあって、もう机の上へ戻されていた。
「落としそうだったよ? ま、俺としては貴重なアリセアの寝顔が見れたから嬉しいけど」
「……え?」
まだ思考がぼやけて、彼の言葉の意味がすぐに入ってこない。
フォートはそんな私をじっと見つめて――やがて、ふっと笑う。
「……なに? そんなに見られると照れるんだけど。アリセア? もしかしてまだ夢の中?」
「……ん……」
「もしもーし?」
ゴーン、ゴーン。
その時、昼休み終了前の鐘が鳴り響く。
「あっ」
寝ぼけていた意識が、一気に覚醒した。
「アリセア、起きるの遅いって」
「ありがとう!起こしてくれて」
笑う彼に急かされ、図書室から慌ただしく教室へとこっそり走った。
淑女は走ってはいけないと言われるけれど……今日だけは、許してほしい。
私たちは教室へと向かう。
ふと、アリセアは前をかけていくフォートの後ろ姿を見て。
あれ?
何か大切なことを忘れている気がする。
そんな、気がした。
パタパタと駆けていくアリセアたち生徒が、誰も居なくなった図書館。
司書も別の仕事で、一旦鍵を閉めて退室する。
しんと静まり返った図書館で。
「邪魔されてしまいましたか」
そんな声が響いた。
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