第15話 ヤール・アルトネス

『俺の事はいいから、しばらくの間アリセアを頼む』




「承知しました」


ーーーーーーーーーーーーーー




ヤールは表情を変えずに、静かに一礼して、ユーグから離れる。




本当に彼女のことが心配なのですね、殿下は。




ふっ。と、淡く笑ったヤールは、主に対して背を向けて歩いていく。




その姿は、体幹の整った武術の達人。




名のある騎士のように見えた。




ヤールという男は、ユーグスト殿下の専属護衛として、幼少期から育てられてきた。




俺が四歳の頃。




その頃には、俺自身の魔力がすでに高く、自分で繰り出す魔法力が抑えきれないほどだった。




このままでは、いつか人を害するかもしれない、その力を悪用されて、命に危険が及ぶかもしれない……。




俺の家族は一族会議を開いた。




そして家族との縁が深い、代々護衛・騎士を排出している圧倒的な戦闘力を誇る家門、アルトネス家に。




俺は、技のコントロールの仕方を学ぶため、一時的に養子として、預けられたのだが。




あれは、本当に命の危機を感じたものだった。




その後、力の調整方法を徹底的に養父から学び、幾つもの戦い方を学んできた。




今の家族の厳しさに、何度心折れかけたか。




しかし、それでも諦めず食らいつけていけたのは、元の家族の存在だったのだ。




両親も、手放したくて俺を手放した訳では無い。




あの時の最善がこれだということは分かっている。




両親は心を痛めているかもしれないが、しかし、そのおかげで、今はこんなにもユーグスト殿下やアリセア様と深く関わることが出来る。




こんなに幸せなことは無い。




そして俺は、気がつけば武術と、戦闘魔法の両方のセンスを買われ、そのまま10歳頃には、殿下付きの侍従兼護衛が、確定した。




殿下がこの学園に入学した頃からは、同じ年でもある為、さらに密に付き従ってきた。




同級生であり、侍従であり、そして護衛。






そして、小さな頃から、ユーグスト殿下と、アリセア様と、付かず離れず、距離を縮めてきて……。




まぁ、今のアリセア様はまったく覚えてはいないだろうが。




それでも、大切な思い出はいくつもある。




小さな頃から何かと役目の多いヤールだったが、不満は特に抱いていない。




むしろ…。




ユーグスト殿下や、アリセア様の役に立てること。






ご本人たちには言わないが、それは誇りであり、嬉しさであった。




今回の「アリセアを見守れ」というこの指示も、ヤールにとっては、大事な主に、任された、密かに胸の内で味わう、ご褒美のようなものである。






それにしても……。




ゆっくりと歩きながら、空を見上げた。




そろそろ少しは思い出してくれても、




いいんじゃないでしょうか、アリセア様。




「さて、殿下が大好きなアリセア様の様子を伺いにいきますか」


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