第2話 選べる学校、選ばれる学校

「お、おはよう…」

僕の挨拶が少しぎこちなかったのは決して寝不足のせいではなかった。

「おはよう」

そう言う天野の顔が小学校6年間で一度も見たことのない顔をしていたから。

「大丈夫かよ」

「いや、みんながくれたコメント読んでたら深間にハマっていろいろ考えちゃってさ。」

あくびを噛み殺し開いていない目をシパシパさせている。

「よくやるよ。ただのHRにさ。」

「まあなあ。でも今は役割振られてるけど何で学校に来てるかとか聞かれたら正直わかんないなと思ってさ。後半はディベートとか忘れて調べてたよw」

そう言って笑う天野の瞳はまだ重く落ちた瞼で見えない。僕もここまでしなきゃいけないのだろうか。まだ話したこともない五十嵐さんに頼みの綱を投げつつ頷いた。


「よーし。待ってないだろうがHRだあ。」

この鬼教師は生徒の反応は一応理解しているらしい。

「浅野。よく要点が纏まってた。昨日の内容を改めて教えてくれ。」


「はい。ディベートの内容は中学に通うべきか。を論点として天野さんが通うべき。五十嵐さんが通わなくてもいいという立場で話しました。天野くんは社会的視点から五十嵐さんは多様性の視点から主張をしました。ただし、内容が感情的に偏ってしまったため、今回は論点の明確化が課題です。」

おいおい。まだ小学生に毛が生えたばかりだぜおいらは。五十嵐さんに朝投げた綱を投げ直したい気分だ。

「…ということだ。今日も行くぞー。」

そういってタイマーの作動するピッという音が息を呑む僕らの上を無情に通り過ぎた。


今日も話始めは天野だった。昨日とは違い手には紙を持っている。


「昨日、僕たちの議論は青木くんが言うようにどちらかというと感覚的だったと思う。だから今日は、ちゃんと根拠を調べてきました。たとえば、文部科学省の『不登校児童生徒に関する調査』によると、昨年度の中学生の不登校率は6.6%。つまり、昨日の五十嵐さんの言ってた“学校が合わない子がいる”っていうのは、確かに事実です。」

五十嵐さんの手には何もないのを見て僕はほっとため息をつく。そして同じことを思ったのか所々で小さく「よしっ!」と聞こえた。


「うん、そうだね。誰にでも同じ形の学校が合うわけじゃない。だから“行かない”という選択肢があっていい。実際に社会も少しずつそういう方向に動いてきてるように見える。ワークショップで知り合った子もホームスクリーングで学んでるけど、その子は友達をワークショップで作ってるから行かない選択肢を取っても社会的になることはできると思う。」


「そうだね。ただ、そのうえで“中学校が果たす役割”についても整理してきました。義務教育は単に知識を得る場所じゃなくて、社会性、つまり“人と関わるスキル”や“公共性”を学ぶ場でもあるって、文部科学省の指針にも書かれてる。学校って、社会の縮図なんだと思う。だからこそなるべく中学校に通うことで悩むことも大切になって来るんだ。」

熱が入っているのか天野の敬語が外れてくる。だからなのか主張が昨日よりも意思を感じる気がした。


「それはきっとそうだと思うし、中学で身につけることができることだと思う。でも、私が言いたいのは“社会に合わせること”だけが成長じゃないってこと。むしろ、今の時代は“自分らしくいられる環境”の方が力を発揮できるってケースも多いはず。」


「そうだね。ただ、フリースクールやホームスクーリングには、今のところ“質の保証”の課題が残ってるみたいだ。たとえば学習の到達度を測る仕組みが学校ほど整ってない。つまり、“代わりの選択肢”があるなら、それを公的に整備する必要があることが課題になっているんだ。」


「じゃあ逆に聞くけど、天野くんは“今の中学校”が、どんな子にも適した場所だと思ってる?」


「いや、思ってない。むしろ、それが問題だと思ってる。だから“学校に通うべき”という立場から言うなら、“通えるように制度を変える必要がある”ってこと。たとえば、調べていて気になったのは少人数制や選択科目制、スクールカウンセラーの常駐とか、多様性を受け止める中学校”のように中学校のあり方を変えていければいいんじゃないかな。」

そんなのがあるんだ。声にならない感嘆がそこかしこで上がる。たぶん天野が言った言葉や見ている資料は調べたらすぐ出てくるものなのだろう。でも、いつも横で話している身近な人が話すだけで、同じ内容でも中身が落ちてくるという感覚になったのは初めての経験だった。


「なるほど。天野くんは“行くべき”っていう意見も、“今のまま行け”じゃなくて、“誰でも行けるように中身を変えるべき”ってことだね。」


「そうだね。逆に、五十嵐さんは“行かなくていい”っていう意見も、“学校なんていらない”じゃなくて、“選べるようにすべき”という話だったんだよね。」


「そうだね。義務教育って、“押しつけ”じゃなくて“最低限の保証”だと思う。義務なのは親の教育を受けされる義務であって私たちは教育を受ける権利だしね。問題は、“どう受け取られるか”。それを一人一人がちゃんと考える必要があると思う。だから考えた上での選択なら行かない選択肢でもいいと思う。」

言い終わらないくらいのタイミングでタイマーが鳴る。今日は鬼教師が拍手をして青木に目を向ける。

「どうだ?」

昨日よりも落ち着いた態度で青木はクラスを見回し口を開いた。


「現状では天野さんの意見が制度的に即応性があり説得力がある。ただし、未来志向で考えると、五十嵐さんの主張が目指す社会像は重要で、制度がそれに向かうべきだと思いました。」

この上ない完璧な返答をした青木に対し挑発的な笑みを浮かべたまま鬼教師は語りかける。

「それは天野の意見の中学校のあり方を変えるべきって事か?それとも五十嵐の多様性を認めるための制度を整えていくって事か?」


「…。」


青木は考えを巡らせているのか言葉が止まった。


「なら、明日の議題はこれだな。今は中学に通うのは必要だとして今後多様性を受け入れていく中でどう変容していけばいいのか。今日の意見は良かった。特に天野。よく調べた。それを元に何故興味を持ったか。どうしていけばいいか考えてきてくれ。」

昨日まで僕と同じレベルでしか討論していなかった2人が一気に遠くに行った気がした。

「みんなも改めて2人に感想や考えを送ってくれ。」



「よかったぁ。真央のおかげで乗り切れたよー。放課後付き合ってよ少しは言い返したい。」

五十嵐さんがHR後に他の女生徒に話しかける声が聞こえた。五十嵐さんもしっかり主張を仕上げてきていた。いや、そうだよ急にこんな一夜漬けで仕上げてくると思わないよな。と今日は綱をいっぱい投げた分、何か手助けしたい。そもそも通学…僕だったらどうだろうか。やはり五十嵐さんの主張に近いけど学校外の制度を整えたから大丈夫と果たして言えるのだろうか。まとまりきらないけど僕なりに書いてみることにした。


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【今回の要点】

ディベートのテーマ:「中学に通うべきか」〈第2回〉

▶ 前回の議論を踏まえ、より論理的・制度的な視点からの再検討が行われた。

▶ 天野くんは「中学校の意義とその改善」、五十嵐さんは「選択肢の必要性と自由の保障」を主張。

▶ 双方が相手の立場に一定の理解を示しつつ、それぞれの立場から制度的課題と社会のあり方を語った。


天野くんの主張

▶ 学校は“社会性を育てる場所”であり、社会の縮図である。

▶ ただし現状の中学校が全員に合うわけではないため、制度改善(少人数制・選択科目制・常駐カウンセラーなど)を進めるべき。

▶ “通うべき”立場でありつつも、「誰でも通えるようにする」ための変容を提案。


五十嵐さんの主張

▶ 「通わない」という選択肢も社会的であり得る。

▶ フリースクールやホームスクーリングなど、既存の枠にとらわれない学びの可能性に光を当てる。

▶ 義務教育は「親の義務」であり、「子どもの権利」であることを強調。選べる社会を目指すべきとした。


青木くんの感想

▶ 天野くんの方が現実的で制度に即した主張であり、現段階では説得力がある。

▶ 一方で五十嵐さんの示すビジョンは未来志向であり、制度がその方向に進む必要も感じた。


【次回に向けたポイント】

▶︎「今後の学校制度はどうあるべきか?」への焦点移行

▶︎理想と現実をどう橋渡しするか



【書記のひとこと】今回、天野くんと五十嵐さんが“相手の言葉”を受け取って、自分の言葉で返していたのが印象的でした。意見が違っても“違うまま対話する”ことは簡単じゃない。でもそこに、これからの学びのヒントがある気がします。


書記:浅野由依

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