数学なんて必要ない
しの
第1話 最初の問い
「この議題について客観的に判断した結果このクラスの意見として…」
HRの時間。毎日5分間だけ僕らは様々な意見を出し合う。何故。どうして。僕らにとって必要なものが何なのかを探しながら。
中学1年生の春。緊張と憧れに身を震わせながら僕は教室に入った。そんなプロローグから話が始まるわけもなく。スマホを片手に入った教室でほぼ小学校と変わらないメンツに一息つきながら席に着く。
「杉山、おはよう。同じクラスだな。」
「おはよう。天野と同じクラスなのは助かるよ。」
天野光は僕と同じ小学校から来た穏やかで周りのことをよく見ている優しい男だ。同じクラスで少しほっとした。ガヤガヤと騒ぐ教室はいつもと同じようでいつもと違う。そんな空気を含みながらもそれから少し離れた僕らはきっと変わらない一年を送ることになる。
「君らは大変頭がよくそして大変頭が悪い。」
担任が教卓に立ち一言目にそう言った。皆少しだけざわつき周りを見て訝しげな顔をする。僕は予想している学校生活のルートがズレるのを感じ顔を上げた。
「君らは僕の学生の頃より頭がいい。知ろうと思えばどんな事でも知れる時代だからな。でも、君らは君ら自身のことを知らず何故?どうして?を考える機会を失った。だからむりにでも考えてもらおう。毎日HRで5分話し合う。それぞれの立場はこっちが指定する。」
何だそれ面倒くさい。息に混じったえーという声がそう思っているのは僕だけではないことを教える。
「さて、さっそくだ。最初に話すのは中学には行くべきかどうかだ。最初の決定者は青木大輝。書記は浅野由依。行くべきと主張するのは天野光。いかなくていいと主張するのは五十嵐瑠奈。話を聞いて他のみんなも意見を一言でいいから提出するように。」
流れるように教員は話す。何を言ってるんだ。そもそも今日中学初通学の人間になんて議題だ。そう思いながらも誰も声を発さない。
「さてさて時間がない。決定者は話し合いを聞き結論を出す。書記は話し合いを聞き要点をこれにまとめる。さあ、3分。天野と五十嵐どちらからでもいい始めてくれ。」
教師はそう言って浅野に紙を渡すと椅子に座りタイマーを押した。少しの沈黙の後話し始めたのは案の定天野だった。
「中学は、ただ勉強する場所ってだけじゃなくて、人との関わり方を学ぶ大事な場所だと思います。将来社会で生きていくために、色んな人と接する経験って必要なので中学には行くべきだと思ます。」
すると五十嵐さんも続いた。違う小学校から来た子だったがほとんど知らない人ばかりのこの教室でも明るい雰囲気ですぐに友達を作っていた。
「うーん、でも今ってオンラインでも勉強できるし、人との関わりって学校じゃなくてもできると思います。演劇とか、地域のワークショップでも友達できるし!」
ハキハキとした声が彼女の性格を表しており凄く様になっている。こんなことをいつか僕もやらなきゃいけないのだろうか。
「たしかに勉強や友情は学校以外でも得られるけど、同じ場所で何年も過ごす仲間がいるって、やっぱり特別だと思います。嫌なこともあるけど、それも含めて成長に繋がると思います。」
「でも、学校が合わない子もいます。無理して通って心がすり減るくらいなら、自分らしく学べる場所を選べた方が素敵だしもっと柔軟になっていくべきだと思います!」
友人として天野を応援したいが個人的に五十嵐さんの意見に賛成したい。なんてったって僕は学校が合っている側じゃないと思う。
「そうですね。学校の人間関係が上手くいかず悩むこともあると思います。ただ、中学は義務教育だし、そういった悩みも含めて行くことでいろんな価値観を知れるって大きいと思います。自分と違う人とも関わることで、視野が広がるのではないでしょうか。」
「でも、“自分らしくいられる環境”のほうが、のびのび成長できることもあるとおもいます。同じ制服、同じ時間割って、ちょっと息苦しくないでしょうか。これからの時代個性をもっと大事にしていくべきです。」
2人が話せば話すほど次これが回って来ると思うと心が重くなる。これが理由で不登校増えるんじゃないか?
「個性は確かに大事だよね。でもその個性をどう活かすかって、集団の中で自分をどう出すかで学べると思うんだ。中学はその練習場所にもなると思うよ。」
「そういうのも素敵だけど、私は”決まった型”じゃなくて、自分で選ぶ自由がもっとあっていいって思う。中学に通うも通わないも、ひとつの選択肢だよ!」
沈黙が流れ互いに次の言葉を探しているとタイマーが鳴った。誰が何と言うこともなく拍手が起きた。
「いや。よくできてた。さあ、青木どっちが正しいと思った?」
楽しそうにニヤニヤしながらクソ教師は話を振る。
「正しいというのは分かりませんが、ふたりとも…大変素晴らしいディベートだったと思います。天野の意見は王道。義務教育の意義や集団での成長って話は、社会全体の“秩序”や“役割”を重視する観点からよく整理されていたように思います。最後まで一貫して主張ができていました。一方で五十嵐さんの自由へのこだわりも、今の時代には必要な視点だと思えます。通う・通わないを『選択肢』として捉える柔軟さは、個の尊重を重視する現代の価値観にマッチしていると言えます。」
青木は基本分析が得意な人間で小学校の生徒会にも入ってた奴だ。聞いているだけで何となく自分も頭が良くなった気分になる。
「ならどうしたら判断ができそうだ?」
「今回どちらも話が“感情ベース”だったように感じます。議論としては…急だったこともあり論点の定義や根拠の構造化が甘かったかも。たとえば『中学に通うことの定義』『学びの質の比較』『社会的義務と個人の自由のバランス』──そこまで掘れたら、もっと深い議論になったと思います。」
「鬼だなw」
そう笑う鬼教師にお前がな!?と聞こえない声が重なった気がした。
「さて、今回の話を受けて明日も同じ議題で2人には話を深めてもらう。浅野。纏まったか?」
「まだかかりそうです。」
「よし。終わったら持ってきてくれ。後、話を踏まえて聞いてたみんなは五十嵐か天野どっちか又はどっちにも自分の意見を送ってくれ。同意でもアドバイスでもいい。そして明日も同じ話をするからそもそも何故今日君らが学校に来たのか振り返りつつ改めて考えてほしい。」
正直、どっちの意見も感覚ベースすぎるとは思うかもしれない。通う・通わないを議論するなら、まず“義務教育”の定義とかを確認して、それを土台にしてから話すといいのかもしれない。まあ友達だし今回は天野に…と何気に流されて書いている僕だった。
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【今回の要点】
ディベートのテーマ:「中学に通うべきか」
▶ 天野くんは「集団の中での成長」を、五十嵐さんは「個人の自由と多様性」を主張。
▶ どちらも自身の体験や価値観に基づいて、正しさというより“あり方”を語っていた。
天野くんの主張
▶ 中学は社会性を育てる場。
▶ 義務教育としての意義や集団生活の価値を重視。
五十嵐さんの主張
▶ 多様な学び方・自由な選択が大切。
▶ 型に縛られず、個々が安心できる道を選べる社会の在り方を提示。
青木くんの感想
▶ 両者の主張に一定の評価をしながらも、論点の明確化と根拠の深掘り不足を指摘。
【次回に向けたポイント】
1. 論点の明確化
2. 具体的な根拠の提示
3. 感情と論理のバランス
▶ 今回は“思い”が強く出ていたという指摘が出ました。
【書記のひとこと】
言葉にした“考え”は、きっと誰かの“気づき”になる。だからディベートは勝ち負けじゃなくて、“響き合い”なんだと思います。
書記: 浅野由依
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