第14話 お酒の勢いに身を任せ

 澪さんに促されてベッドへと向かう。ビールを飲みすぎて体は少しふらついているが、意識はまだはっきりしていた。

 眼の前の美しい人が寝室に入ると同時にニットを脱いだ。

 驚いたことに、澪さんは何も身につけていなかった。


 最初から俺はもう手のひらの上で転がされていたのかな。

 でも、嫌じゃない。こんなに綺麗な人が俺のことを求めているんだ。


 ふと思った。澪さんは俺のこと好きなのかなと。それに俺の気持ちはどうなのかと。


 酒の勢いに任せて、本当にいいのか――。

 この先、気まずくなったりしないだろうか。

 今のうちに引き返すべきなんじゃないか。冷静な自分がまだ残っているうちに。



 ――。


 澪さんとベッドの中で向き合って語り合う。これが世にいうピロートークと言うやつか……。


「湊くんの初めて――もらっちゃった……」


「――澪さん、その、ホントに初めてなのは分かったっすけど、でも、ホントに初めてだったんすか? その、すごすぎて……」


 俺の言葉に澪さんはくすくす笑っている。


「んふ、こういう日のために勉強しておいたの」


「えー、どうやって勉強を?」


「……FANZ◯」


 ……聞かなきゃ良かった。


 お互い酔った勢いというのは重々承知していたと思う。

 でも、止められなかった。お互いのリビドーに逆らうことが出来なかったんだな。

 自分の未熟さを痛感しつつも、澪さんの乱れた姿を思い出し、さらに悶々としてしまう。なんだろうかあの魔性は。


「ホントに俺なんかで良かったんすか。こんな文無しプー太郎みたいな俺なんかで」


「こら、そういう風に言わないの。湊くんは私の理想なの。おじさんとかは散々嫌な目にあったから絶対無理。怖そうな男の人もやだな。……女の子みたいに可愛い男の子がいたらいいなって、ずっと思ってたの。まさか本当に現れるなんて――ね。」


 俺のコンプレックスを理想と言ってくれる。こんな人いるんだなって本気で思った。

 あの日、会社が倒産して、雨に打たれて、身体が冷えて死んでしまいそうな状況を思い返してみる。

 そこからどこをどうすれば、こんな奇跡みたいな今に至るんだろう。

 運命って言うことなんだろうか。だとしたら今日の出来事も必然だったと言うことなんだろう。


 ――今はもう、ただひたすら眠い。


「おやすみ澪さん。なんかもう夢の中みたいっす……」


「湊くん……おやすみ」


 ……。



 ――目を覚ますと、外は大分明るくなっていた。スマホを開くと、9時を回っていた。寝すぎたなあ……。


 起き上がると、少しだけ頭が痛かった。やや二日酔いってところか。

 ベッドにはすやすや寝ている澪さんが。

 ――昨日はこの人と。

 昨晩の事を思い出し、急に恥ずかしくなる。


 シャワーを浴びてさっぱりしよう。


 熱い湯を浴びながら、これからの事を頭の中で整理してみる。

 お店は今のところ順調だ。

 計画通りランチの客は結構増えた。

 売上額はまずまずってところだが、粗利が高いので澪さんと俺がギリギリ食べていけるぐらいは稼ぐことができている。


 お店の営業時間は9時から17時。現状は午前中は年配客がメイン、ランチタイムはワーカー達が来てくれている。

 あとはティータイム以降を盛り上げることが課題だな。


 まだまだ手札は残してある。これからも楽しみだな。


 澪さん……。彼女とのこれからの付き合いはどうなって行くんだろう。昨晩は激しく求め合ったけど、言葉で愛を語り合ってはいなかった。気恥ずかしいのももちろんあるけど、自分自身の気持ちよりも先に行為に至ってしまった……。


 正直言えば、じっくり愛を育んでから、海の見えるホテルで初めてを共にって思っていた。そのぐらい、初めての行為にロマンを求めていた。

 我ながら拗らせていたとは思ってる。


 俺は澪さんの事どう思ってるんだろう。

 ポンコツで放っておけないとはずっと思っていた。

 彼女の優しさやたまにふざけたりするところ。

 陰気だったのに髪切っただけでガラッと雰囲気変わっちゃって……。誰かに取られることを想像して身を引き裂かれる気持ちになっていた。


 結局のところ、自信のなさから認めてなかっただけだ。初めから彼女のことを夢中だったのは間違いなかったんだ。


 認めよう。俺は彼女のことを愛している。


 ――でも、澪さんはどうなんだろうか……。

 もちろん嫌ってはいないとは思う。

 好きでいてくれるのは間違いないと思えるぐらいに好意は感じている。ただ、それが男としてなのか愛玩動物的な愛し方なのか……。


 専門学校時代を思い出す。

 うっかり聞いてしまった美冬と友人達の会話を……。


『美冬、湊と付き合ってるの? 仲良さそうだけど、男としてどうなんかね?』


『湊と? ないわ~ ありゃマスコットだよ~ 襲ってきたらテディーベアにペ◯ス生えたって思っちゃうよ!』


 そう言ってゲラゲラ笑っていた。

 今でも思い出すと胃からこみ上げるものを感じる。

 耐え難い苦い思い出だ。

 もちろん本気で言ってないのは分かってる。女子トークのネタ話を本気にする方が馬鹿だって、自分でも思う。

 だから友達として付き合ってもこれた。でも、ショックだったのは事実だ。コンプレックスにクリティカルヒットだったからな……。


 女の人と付き合うことなんて無いだろうなって思ってたのになあ。


 ――ガチャッ!


「湊くんおはよう! シャワーよりもさ、お湯張ってまったり一緒に入ろうよ」


「澪さん、その、おはようございます。昨日はその、ありがとう?」


 しどろもどろな俺に、澪さんはくすくすと笑っている。


「昨日はあんなにカッコ良かったのに~。昨日言わずに我慢してた言葉あるの。お酒に酔った勢いで言いたくなかったんだ」


「え? それって……」


 澪さんははにかんだ笑顔で俺を見つめた。


「湊くん、大好きだよ!」


 ――ああ、俺は馬鹿だ。彼女の真っ直ぐな気持ちを疑ってしまうなんて……。


「お、俺も、澪さんの事、だいすきですっ!」


 昨夜のように抱きしめ合いながらお互いの愛を確かめ合う。

 湯けむりの向こうに浮かぶ澪さんの笑顔が、あまりに綺麗で、思わずまた恋をしてしまう。

 一日のはじまりは、そっと重なる唇から。




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