第13話 祝賀会~お互いチョロすぎて……

 五月に入り数日が経過した。このお店に拾われてから早一ヶ月だ。

 新メニューに切り替えてからは、お昼の来客も順調に増え、ピーク時には満席になる日も出てきた。

 そんな火曜日の閉店後、澪さんの希望により、ささやかながらの祝賀会を開催することにした。


「お店の売上の目標額達成おめでとう! かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 そう、月商50万円というざっくり決めた目標額を突破したのだった。正直、まだ俺の給料も出ない額だけど。

 ――でも、売上ゼロだった頃を思えば、大きな前進だった。


「ぷはー! いやービールが美味く感じるっす!」


「湊くんのカレー効果は大きかったね! 毎日完売ってすごいねー!」


 とてもご機嫌な澪さん。ちなみに今日のお召し物は、飲み会スタイルということで、どこで買ったかわからない童貞を◯すニットを着ていた。まあこれが目の毒ってやつで。まじで目のやり場に困る。澪さん絶対ノーブラだ。やばい、殺される。


「いやあ、チキンカレーって選択は正解だったっすね。想像以上に外国のお客さんも来てくれて、ちょっと驚きました」


 宗教的な制約のあるお客さんも少なくないけど、「ノーポーク、ノーアルコールです」って伝えたら、笑顔で食べてくれる人が多くて。

 厳密なハラール対応じゃないから注意書きは添えてるけど、意外と好評だった。


 ちなみに今日のメニューは澪さんの大好物の唐揚げや、お刺身なんかも作ってみた。普段質素な分、お祝いということで、なかなか豪華な宴会料理だった。

 澪さんは料理に舌鼓を打ちつつビールが止まらなくなっている。俺の方も、そんな澪さんを見るのがとても楽しかった。


 本当に綺麗な人だな。ふと、そんな風に思ってしまった。

 綺麗に見せる努力はサロンに行った時からずっと続けている。

 当初は三日持てば良いかなって思ってたけど、思いの外長続きしている。

 やっぱお客さんも増えたってのは大きいんだろうな。

 中にはあからさまに澪さん狙いのお客さんもいるようだ。


「――澪さん目当てのお客さんも随分増えましたよね。俺の見てないところで口説かれたりしてません?」


 思わず口を滑らせてしまった。変に意識したくなかったのに……。

 不意に、妖しい笑みを浮かべる澪さん。


「まったく無いって事もないわね。どうしてもカウンターでコーヒー淹れるからお相手はしないといけないし」


 店長としてお客さんの相手をしないといけないのは当たり前の話だ。ちゃんと接客できているようなので俺も喜ばないといけないんだけど、微妙にひっかかるなあ……。


「澪さんあまり調子に乗っちゃ駄目っすよ。変な男に目をつけられたら厄介なんすからね」


 抑えようと思っても、つい強い口調で言ってしまった。

 澪さんがニヤニヤしているのが更に癪に障る。

 ついつい微妙に溜まっていくストレスをビールで逃げようとしてしまう。

 気がつけば4本目に手を伸ばしていた。こんなに飲むことはあまりなかった。もっとも澪さんの方も5本目と、いつもより大分早いペースだった。


「湊くんは私がお客さんと仲良くするのは嫌なの?」


「嫌じゃないっす。お店に必要なことなのも分かってるっす」


「この前は食事に誘われちゃったの。もちろん断ったけどね」


 俺の反応を見て楽しんでる澪さん。今日の絡み方は微妙にたちが悪かった。


「……そっすか。別に、気ぃ使わなくていいっすよ」


 あーもう、何で俺はそっけなくなってしまうんだ……。余裕のある返しをしたくても、イライラが先行してうまくコントロールができない……。ちょっと飲みすぎたかな。


「ねえ、湊くん。想像してみて。私がお客さんと一緒にご飯を食べに行ったらどんな気持ちになる?」


 そんなの楽しいはずがない。澪さんみたいなおぼこがナンパな男について行ったら酷い目に遭う以外に考えられない。

 重苦しいイメージばかりが頭にこびりついて離れない……。


 俺をこんなにも苦しめる澪さんが恨めしかった。


「――じゃあ澪さんも想像してみるっす。俺が他のお客さんに食事に誘われてホイホイついて行ったらどんな気持ちっすか」


 じっと澪さんの目を見る。澪さんが脳内シミュレーションをしている。そして――演算結果が出たらしい。


「いっちゃやだあああ……うわああああん……ごめんね、湊くん、私、意地悪言っちゃったね。うぅ……」


 ものすごい勢いで号泣しはじめた澪さん。せっかく綺麗な化粧をしていたのに台無しだ。


 澪さんの横に座り頭をよしよしする。


「澪さんは馬鹿っす。自分で仕掛けて自滅してるんだから世話ないっす。ほんとダメダメすぎて――放っておけないんだ……」


 震える肩をそっと抱き寄せて顔を近づける。


 ホント綺麗な人だな。少し化粧が崩れたぐらいではその美しさには影響はなかった。むしろ儚げな印象が増して、その魅力がさらに引き出されたようだった。


 ヒクヒクと肩を震わせていた澪さんも、やがて落ち着きを取り戻してきた。

 そっと俺の頬に手を添え、じっと目を覗き込んでくる。

 その大きな瞳に見つめられるだけで、吸い込まれそうな錯覚に陥った。


「――湊くんって本当に可愛いね。目が凄く綺麗なの。すっと通った鼻筋や可愛い唇とか。こんなに可愛い男の子がいるんだなってずっと思ってた。今こうして近くで見てると胸がドキドキしてどうしようもなくなるの。ね、ほら……」


 俺の手を取り、すっと胸元に滑り込ませる。柔肌の感触に心臓が跳ね響く。こんな素晴らしい感触がこの世には存在するんだな……。

 俺の指先の動きに澪さんは静かに吐息を漏らす。


 もうどうしようもなく愛おしい。

 こんなの耐えられるか。

 俺は澪さんの口唇を強引に奪った。

 澪さんは拒絶することもなく、むしろ全てを受け入れるようなそんな仕草で俺の頭を抱えてきた。

 俺の口をすっと割り込んだ舌先は、まるで生き物のように蠢いた。

 長く深い口付けも、やがて離れていく。二人の間には銀糸が薄く繋がっていた。


「ねえ……湊くん。お布団、行こっか……?」


 澪さんの熱にうなされたような声に、俺は頷く事しか出来なかった。





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