第12話 素敵になっていくお姉さん
「……あ、繋がった」
久しぶりにLINEの通知音が鳴った瞬間、世界との接点をひとつ取り戻した気がした。
美冬のお古のスマホと格安SIMで、ようやく連絡手段を回復。LINEは新規アカウントになり、繋がっているのは美冬と澪さんだけだ。
元のスマホはワンチャン警察に届けられるかも……と淡い期待を込めて、旧キャリアはあと一、二ヶ月そのままにしておくつもりだ。
ちなみに、美冬の中古端末は俺が使ってたものよりずっと新しくて快適だった。
久々のスマホが楽しくて、ついアプリをポチポチいじってしまう。
それから俺は澪さんに頼んで、スマホで一枚、写真を撮らせてもらった。
「澪さん、化粧うまいっすね。サロンでやってもらったときみたいに、めっちゃ美人っす」
画面の中には、優しく微笑む澪さんの姿。
これはもう、お宝フォルダ行き確定だ。
「ここ最近はずっと手抜きしてたけどさ、一応OLしてたしね〜。……でも、最近お客さんも増えてきたし。見られる意識は持たなきゃなって」
「澪さんからそんなポジティブな言葉が出るとは……感動っす……」
いけない。澪さんの前向きな発言に、つい視界が霞んでしまう。また泣き虫ってからかわれる。
澪さんの変化は、明らかだった。
背筋が伸びて、歩き方にも自信が宿っている。
その分、以前から存在感のあった豊かな胸がより強調されて――いや、何の話だ。
けど確かに、全体的に華が増した気がする。
大きな瞳に通った鼻筋、ふっくらと艶のある唇。
髪は少し明るくなって、どこか陰のあった雰囲気も薄れ、今は親しみやすい柔らかさが前に出ている。
ヒデキさんの腕も確かだったけど――
やっぱり一番の変化は、澪さん自身の意識だ。
このまま三日坊主で終わらなきゃいいけど……なにせ、澪さんだからな。
油断は禁物だ。
澪さんが少しずつ変わっていくのを見て、俺も負けてられないなって思った。
店のランチメニューを立て直すべく、俺は密かに研究を重ねている。まずはカレーライスでワーカー達を取り込めたらって狙いがあった。
我ながら自信作と思えるカレーが出来上がった。コスト面でもなかなか優秀だ。あとはオーナーからOKがでたらお店で出そう。
閉店後のキッチンで澪さんに試食をお願いしてみることにした。
「澪さん、ちょっとカレーの試食いいすか」
「わあっ! いい香りね。スパイスの中にバターの香りかな」
なかなか鋭い澪さんの嗅覚にちょっと驚いた。メシマズさんなのになあ。
彼女がカレーをスプーンに取り、口に運ぶ。
スプーンが止まらない。気づけば、あっという間に完食していた。これは好感触かな。
「美味しいね! もっと食べたい!」
「試食のつもりだったけど、晩ごはんにしちゃいますか。でも好評なようでよかったっす」
「うん、一口目はちょっと刺激足りないかなって思ったけど、あとからしっかり辛いね。それにバターとチキンってよく合うよね。しっかり欧風カレーっぽいけど、さらにひと味秘密がありそう。和風かな?」
……え、なんでそこまで分かるの? もしかして俺は澪さんの味覚舐めまくってた?
「……味噌を少々入れてあるっす。わからない程度だと思ったけど。澪さんって結構鋭いんすね。正直驚きました」
「ふふ、料理は下手でも食べるのは好きだからね。ただ、美味しいものを再現しようと思ってもイメージ通りにいかないの」
再現できないから、ズレる。でも、味のイメージはある。
きっと組み立ての段階で齟齬が出るのかな。
澪さんのメシマズの正体はそこらへんかもしれない。
「これにサラダをつけて900円。ドリンク付きで1200円でどうでしょうね」
「いいんじゃないかな! じゃあ早速そのカレーを入れたメニュー作るね!」
うきうきした様子で、澪さんは自分の部屋に戻っていった。
ちなみに、あの部屋は作業部屋らしくて、あまり踏み入られたくない場所みたいだ。
俺もなんとなく察して、基本はノータッチを決めている。
生活スペースは、店舗の2階。寝室と俺(元お爺さん)の部屋、それに澪さんの作業部屋の3つの個室に、リビングとダイニングキッチンまである。
昔ながらの自営業の家らしく、わりと広め。家賃いらずなのはありがたいけど、そのぶん――。
(地価もそこそこ高い地域だし、これだけの家なら固定資産税もなかなかの額だろうな……)
稼がなきゃ維持できない。
この店を再建するってことは、そういう現実とも向き合うってことだ。
「できたー! みてみて!」
「はやっ! いやなんでそんなに? 」
「前もって作ってあったからね。何パターンかあるんだよ。このぐらいは当然だよ~」
やり手OL感がすごいな。バリキャリってやつだったのかな。澪さんの会社はバカ上司のせいで貴重な人材を失ったんだろうな。ざまあ。
出来上がったメニューには可愛らしいフォントで「新作!欧風チキンカレー」と書いてある。可愛いカレーのゆるキャラ付きだ。
「えっ、なにこれ、かわいー! 」
「欧風カレーのルーちゃん。なかなかのゆるさでしょ。カレーキャラはいくつかストック持っててね。欧風にアレンジしたの。我ながら可愛い子に仕上がったわ~」
ひと目見ただけで俺のハートを射抜いてきた。円らな瞳がたまらなくキュートだ。これ、もうこの店の看板キャラで良いんじゃないか。おっといけない、カレーショップじゃなかったか。
よし、明日から新メニューで勝負だ!
その前にマップの閉業を解除しておかなくちゃ。
SNSの戦略も考慮するべきだろうな。
――やっぱり俺、結構充実してるかも。
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