第11話 陸の孤島からの脱出

 夜になり、お店から何度も美冬に電話をかけたが結局出なかった。今どきの子は知らない番号とか出ないんだな。まあそのうち会う機会もあるだろう。


 スマホが無くなった時の絶望感は半端なかった。今の時代、スマホに依存しすぎてるんだろうな。でも、無けりゃ無いでどうにでもなるのも事実。逆にスッキリした感もあった。

 俺も特に困ってないので積極的に連絡を入れるつもりもなかった。


 次の日の開店直後だった。


「湊! ばか! あんた何してんのよ!」


 眼の前には久しぶりに見る――とは言っても一ヶ月と経っていないが――同級生の姿があった。


 橘美冬。専門学校時代の同級生で、コスプレ仲間のひとりだ。

 身長は165センチ、金髪のショートボブに、大きな瞳と笑うとできるエクボがチャームポイント。

 紫のパーカーとタイトなダメージジーンズをさらっと着こなす、スレンダーなスタイルの持ち主で、男装キャラを好んで演じていた。

 俺とはよく男女逆転カプ合わせをしていて、恋人役を演じるのも日常茶飯事。

 中身も男勝りで、関係としては――まぁ、悪友ってところ。

 ……もちろん、男女の仲とかじゃない。


「湊の就職先倒産したって聞いたから心配して連絡入れてたのに、既読はつかないし、つながらないしで……ばかあああ……」


 美冬は泣きながら俺に文句を言ってきていた。正直そんなに心配してくれることにはとても感動したが、ここは店の中だ。数少ないお客さんが引いてるから勘弁して欲しかった。


「美冬がそんなに心配してくれるなんてね。いや、ほんとすまん! でもよくここがわかったな」


「ここから何十回電話してんのよ! 無視してもずっとかかってくるから怖かったんだから! 電話番号調べたら閉業の喫茶店だし、ほんっと、怖くて仕方なかったんだから!」


「へ? 閉業? ちょっと見せて!」


 マップの店を見てみると、確かに閉業と記載があった。ひどくね?


「うちからそんな離れてないから見に来たら、あんたがいるんだもん。もう心配したんだからあああ……うわあああん……」


 こんなに泣くやつだったとは。そういや卒業の時も結構泣いてたな。わりと良いやつなのかもしれないな。


 澪さんが笑顔で俺と美冬にコーヒーを淹れてくれた。


「湊くん、お友達と連絡取れてよかったね! このコーヒーは私からのサービス。美冬さん、だよね。ここのオーナーの倉科澪です。湊くんにはお世話になってるわ。よろしくね」


 すごい。完璧な挨拶に少し感動した。一ミリもポンコツ感が出ていない。美冬もその澪さんの所作をぽーっとした顔で眺めていた。

 少し慌てつつも返事を返す美冬。


「こちらこそ、湊がお世話になってます。こいつの同級生の橘美冬です。ちなみに、湊とはどういったご関係なんですか?」


 澪さんは少し思案顔で、何かを思いついたように口を開いた。


「湊くんとは、裸のお付き合いをさせてもらってるわ」


 ――ピキン。と空気が凍りつく音が聞こえた気がした。


 何言ってんだこの人。油断した俺が馬鹿だった。


「澪さん何言ってるんすか! 誤解されるじゃないすか!」


「何焦ってんのよ湊。うちを心配させておいて、自分は楽しんでたんだ。へええーーー!」


「あらあらまあまあ。私、何かしちゃいました?」


 天然だか計算だか全く判別がつかないな! このポンコツさん!


 ……。



「なるほどね。死にかけてたところを、澪さんに拾ってもらったのか。そう言ってくれりゃ、こんなに騒ぐこともなかったのに……」


 美冬が騒いでたおかげでお客さんはみんな帰っていった。お年寄りには刺激が強かったんだろう。またのご来店をお待ちしています……。


「美冬には悪かったと思ってるよ。スマホもワンチャン遺失物ででてくることを期待してるんだよな。新しいの買う金もないし」


「そうねえ、湊くんさえ良かったら新しく契約しても良いのよ。お金は私が出すから」


「……澪さん、そんなにこいつ甘やかすことないですよ! スマホが必要なら……うちのお古あげっから。格安SIMを契約すればいっしょ」


「ああ、中古と格安SIMって手があったか。正直なければないでどうにでもなったから気にしてなかったけど、あったほうがいいのかな」


「当たり前っしょ! あーしとどうやって連絡取るつもりよ!」


「あー、いやまあ。そんな頻繁に連絡することも……。いや、何でもない。必要だな、うん。美冬、お古をよろしくな」


 一瞬とんでもない殺気を放ってきた美冬。おお、こわいこわい。


 そんなわけで、お店を澪さんに任せて美冬の家まで行くことになった。


 バスで10分程度とめっちゃ近くてびっくりした。歩いても全然行けるな。


 看板に「洋菓子店シュシュ」と可愛らしいシュークリームの絵と名前が記載されている。お店も外観はお菓子の家風の可愛らしい佇まいだった。


「あがってきな」


「えっ! 良いの? おじゃまします……」


 生まれて初めて女の子の部屋に入るな。緊張しちゃう。

 ……おっと澪さんの部屋をカウントしてなかった。まああれはノーカンだな。


 美冬の部屋はわりとさっぱりとした雰囲気だった。もっとオタクぽいグッズとかいっぱいあるかなと思ってたけど、そんなこともなかった。


「コスやるわりにさっぱりした部屋だな。衣装とかはどこに仕舞ってるんだ?」


 美冬はニヤッとして、ふすまを開けると隣の部屋と繋がっていた。その隣の部屋は俺の想像通りの美冬の部屋だった。

 タペストリーやフィギュア、抱き枕等など。


「いいっしょ! 部屋を移動することでスイッチを切り替えるんだよ」


「うおおお! 羨ましいな! でも俺だったらずっとオタ部屋にいたい」


「うちだってそうしてたいけどね、今みたいに来客とかだったらこっちのほうが雰囲気でるっしょ」


 そう言って、美冬がふいに俺の手を取る。いきなりの行動に少し動揺してしまう。彼女の手はとても温かく柔らかだった。


「よかった、生きてて。もう会えないかと思ったんだから。何度も警察に行こうと思ったけど、身内でもないし……恋人でもないし……」


「ごめんな。俺のことそんなに心配してくれる人がいるなんて、想像してなかった。っていうか自分のことで精一杯だった」


 これは本当の話だ。周りを見る余裕なんて正直なかった。


 これまであった話をもう一度事細かく説明した。


「――そっか、閉業状態のお店の再建かあ。なかなか難題だね。でもさ、面白そうだね!」


「うん。今さ、色々考えるのが結構楽しいんだよね。ただ、正常な雇用状態じゃないからさ、まずは二人分の生活費が稼げるようになるところがスタートラインかなって思ってる」


「あーしにも出来ることある気がする。一枚噛んでも良いかな!」


「ぜひ! 美冬の協力は心強いって! それはそうと、そろそろ手を離してもらってもいいかな」


 美冬は俺の手を握ったまま、なかなか離そうとしなかった。


「いいじゃん。久々に湊分を補給してるんだから」


 美冬は俺の手をそのまま頬に当てて、目を細める。

 こいつ、俺をなんだと思ってんだ。

 ペットか。カイロか。……まあ、今さらか。

 俺のことを愛玩動物かなにかだと思ってるフシがある。

 これで俺が野生化したら掌返すんだろうな。やれやれだ。

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