第10話 本来の姿

 人肌の温もりに包まれながらの睡眠はとても心地よかった。

 時計を見ると8時を過ぎたところで、何時もより大分寝過ごした。

 澪さんはまだ気持ちよさそうに寝ている。

 まるで事後のような光景だが、完全にピュアで無実な状態だ。

 我慢できた俺えらすぎる。


 これからも一緒に裸で寝たりするのかな? さすがに毎日は俺が保たない。澪さんが寂しくなった時だけにしてもらおう。


 朝食はハムエッグトースト。

 パンが焼ける香ばしい香りで澪さんが目を覚ましたようだ。


「おはよー。湊くん、朝食ありがとー」


朝はとても弱い澪さん。寝起きのまま来たので全裸のままだった。かろうじて長い髪で胸は隠れていたのがまだ救いか。

ほんっと、もうっ!


「顔を洗ってくるっす。あと服きるっす。目の毒なんてもんじゃないっす!」


 ぼーっと寝ぼけ眼で自分の姿を見ても全く動じない。


「あ、そうだね……。ほら、家では服キャンセル界隈だから」


「キャンセルしすぎ! 」



 朝食を済ませて支度を終えた俺たちは、都内の繁華街にやってきた。


「むーーりーー! もうかえるーー!」


「だめっす。ここまで来て何言ってるんすか。ほら、あともう少しっす」


 予約してあったサロンにやってきた。


「こんにちはー、予約していた香坂です。ヒデキさんお願いします」


「はーい。店長指名でーす! 香坂様がお見えになりましたー!」


 奥からヒデキさんがやってきた。カリスマ美容師としてテレビにも取り上げられる人だった。俺とはコスプレイベントで知り合ったこともあり、仲良くさせてもらっていた。

 

 俺を見るなりびっくりした顔をして、おもむろに抱きついてきてきた。強い香水の香りにクラクラする。


「湊! あんた生きてたんだね! 美冬が連絡取れないって怒ってたわよ!」


「ああ、すみません。俺色々あって、今文無しプー太郎なんですよ。スマホもなくして陸の孤島状態っす。」


「ふーん、なんだか大変だったのね。それなら連絡してあげな。電話番号はあんたなら言っても大丈夫だね」


 そう言って電話番号のメモを俺にくれた。まさかここから連絡先を入手出来るとは、いやありがたい! 美冬に繋がれたら、そこから専門学校の仲間とも連絡が取れる!

 逸る気持ちを抑えて、まずは今日の目的を果たすとしよう。


「ヒデキさん、今日はこの人をもっと美人にしてあげてください。助けてくれた恩人なんです」


 ヒデキさんがじっと険しい表情で澪さんを見る。そしてパッとスポットライトが当たったような明るい表情になった。いいイメージができたんだな。


「貴方、すっごく綺麗。今でもとっても美人。でも私が貴方をもっと素敵に輝かせてみせるわ。ちょっとした女優よりよっぽどね」


 熱いウィンクをバチバチ送るヒデキさん。俺にもバチバチ送るのは止めて欲しかった。


 澪さんは完全にフリーズ状態。

 さあどう変身するか、楽しみだなあ~。


「前髪で自分を隠してたでしょ? でもその目、めちゃくちゃ綺麗なの。見せなきゃ損」


「はあ……」


 ハサミがシャキンと音を立てるたびに、澪さんの雰囲気が少しずつ変わっていく。

 長い前髪は丁寧にブロッキングされ、左右に分けられた。顔立ちが明るくなり、大きな瞳がくっきりと映える。

 そのまま額のラインが見えるように、ゆるやかなセミセンター分けに整えられ、サイドの髪に自然な段が入る。

 長い髪は艶やかなブラウンにトーンを整えられ、毛先にはふんわりとしたウェーブ。空気をまとったような軽やかさが加わる。

 まるで別人――いや、本来の美しさがようやく解放されたような、そんな変化だった。


 髪型が整えられると、次はメイク用のライトがふわりと灯された。

 澪さんが戸惑ったように小さく瞬きをする。けれど、ヒデキさんは柔らかな笑みを浮かべたまま、手際よく下地を肌になじませていく。


 ほんのり血色を宿した頬。肌はまるで陶器のように滑らかに整えられ、コンシーラーで目元のくすみが払われると、澪さんの顔立ちがぐっと引き締まって見えた。


 ナチュラル系のブラウンシャドウが、まぶたの丸みに陰影をつけ、睫毛を縁取るアイライナーが彼女の瞳の大きさを際立たせる。

 もともとの美しさを活かすメイク。控えめながらも洗練された仕上がりに、どこか芯のある強さが滲んでいた。


 最後に、薄紅のリップがそっと乗せられた瞬間、空気が変わった。

 少女のような無防備さと、大人の色香が、絶妙なバランスで同居している――そんな印象を受けた。


 ぼーっと鏡を見る澪さん。そんな澪さんをぼーっと眺める俺。

 ヒデキさんは可笑しそうにくすくす笑ってる。


「湊! ほら、何か言ってあげな!」


「澪さん綺麗っす」


 昭和風にずっこけるヒデキさん。でも、澪さんは俺の一言で顔を真っ赤に染め上げた。


「湊はどこでこんな美人捕まえてきたのかしらね。美冬が聞いたらびっくりしちゃうけど、言わないほうが良いのかしら?」


「別に言っても構いませんよ? 美冬はただの悪友ですし」


 ヒデキさんはなんとも言えない顔をしているが、俺と美冬はそんなんじゃない。


 橘美冬たちばなみふゆ。俺の専門学校の同級生でコスプレ仲間の一人だ。今は確か実家の洋菓子店を手伝っているはずだ。

 早速今晩にでも連絡を入れてみよう。


「澪さん。またいらっしゃいね。美人なんだからもっと背筋を伸ばしなさいよ!」


 そう言って背中をぽんと叩くヒデキさんに感謝を述べて、店をあとにした。


「あーーーー緊張したー!」


「そんな緊張しなくても、悪い人じゃなかったっしょ?」


 澪さんは何とも言えない、もんにょりとした表情を浮かべる。


「そうなんだけど、陽の気は駄目なの! 溶けて死んじゃうの!」


「大げさな……。今の澪さんだって十分陽の者っすよ。見違えちゃったし」


 そう言われて、本日何度目かのスマホ自撮りモードで自分を眺めて写真を撮る澪さん。よっぽど気に入ったのか、ニヤニヤが止まらない様子だ。


 まあ実際見違えたよな~ホント。周りの見る目が行きの時とガラッと変わった。となると、厄介なのがナンパか。


「おねーさん! ねえねえ、そっちの可愛い子もめっちゃイケてるし、一緒に遊ぼうよ!」


「は? 俺男だし、その子は俺の彼女だ。あっちいけ」


「えーーー! 男だったのかあ……。うん、悪くない。男でもいいから遊ぼうぜ!」


 へこたれないナンパ師だった。ていうか俺に熱視線送るのヤメレ。


 ナンパ師に放置された澪さんが、ぶーっとしてる。


 どうにか断ったけど、やっぱり繁華街はナンパ多いなあ。



 帰宅してリビングでぐったりしている俺と澪さん。

 どうにも納得行かないようでぶーたれていた。


「なんで私にナンパきたのに湊くん口説き始めちゃうかな。せっかく綺麗になったのに自信なくしちゃうよ!」


「アレは特殊な例っす。澪さんすっごく綺麗になったのは間違いないっす。ビフォー見ます?」


 首をブンブン横に降った澪さん。


「あれはもう過去の私。今の私は女優よりも綺麗なの~」


 うわー……。めっちゃ調子に乗ってる。

 でもこの美人っぷりならきっと集客にも良い影響があるだろう。

 明日からが楽しみだな!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る