第9話 添い寝

 シャワーを浴びながらぼーっと思いふける。

 澪さんが今まで何をしてきたのか、なんでお店を継いでいるのかとか、大分理解できた。


 お店を続けているのはお爺さんの思いを受け継いでいるのかな。

 お爺さんは居場所を作ってあげた。澪さんは残してくれたものを守りたかった。ただ、不器用でうまくできなかったみたいだけど。


 澪さんは正直企業に勤めるのは向いてなさそうだ。

 メニューの出来栄えを見る限りは、そっち方面では優秀な人材なんだと思う。でも、フリーで仕事を取ることってできるのかな?

 人付き合いの苦手な澪さんに交渉力とか期待しても難しいだろう。


 この店を確実な収入源にすることが、亡きお爺さんとしても望んでいることなのかもしれない。

 澪さんがまだ何もわからない状態で逝ってしまわれて、さぞかし心残りだっただろうな。


 ……。


 さて、そろそろ出よう。


 寝支度を済ませ、そっとベッドに向かう。澪さんはもう寝ているようだ。

 結局この家に来てからずっと澪さんと一緒に寝ている。

 その無防備さには少し呆れもするけど、安らぎを感じるのは確かだ。俺もなんだかんだで人恋しかったんだと思う。

 でも、澪さんの湯上がりの香りには慣れること無く、いつもドキドキしてしまう。


「おじゃまします……」


 聞こえない程度にそっとつぶやく。

 少しだけ触れてしまう肌に気づいてしまった。


 ……素肌?


 大変失礼ながらも指先で数か所触れてみる。


 脇腹、腰、太腿と。え……ちょっとまって、この人全裸だ……。


 澪さんがパチリと目を開く。


「……えっち」


「いやいや! 確かに触っちゃいました! ごめんなさい! でも、澪さん、パジャマとか下着とか!」


「元々寝る時は全裸派なの。パジャマキャンセル界隈に属してるの」


「しらねーっすよ! そんな界隈! さすがに我慢できないっす! ソファーで寝ますよ」


 ベッドから降りようとする俺の腕を掴む澪さん。その表情には何かしらの覚悟があったようだった。


「まって! ――ごめん。嫌だったよね。服着るから待っててね」


「嫌じゃないっす! でも俺が耐えられないっす! 俺、文無しで置いてもらってるのに、不義理な真似したら澪さんと対等に付き合うことが出来なくなる!」


 ――結局自分に自信が無いんだ。宿無し文無し職なしの今の俺は、誰かを好きになったり触れ合ったりする資格なんてあるはずがないんだ。


 俺の動揺に、澪さんもうまく言葉を発することができなくなってる。

 やがてうつむき気味な姿勢で、両手で顔を覆う。俺に顔を見せたくないようだった。


「ごめんね。君の気持ちを考えないで迂闊だった。正直に言えば体で君を繋ぎ止めたかったんだ……馬鹿だよね……ごめん……ね」


 さめざめと泣く澪さん。優しく肩を抱いてあげたいが素肌の体に触れることに躊躇する。


 なぜ彼女が自分の体を差し出してまで俺を繋ぎ止めようとするのか。

 恋心があるかどうかなんて俺にはわからない。まだ共に過ごした時間はそれほどではない。

 でも、孤独という部分なら十分に理解も出来る。俺も同じだから。


 お店が安定したら出ていくという話はしていた。

 それは彼女を安心させるためでもあったし、俺の独立して一人前になりたいという意思でもあった。


 その俺の言葉の度に彼女の孤独な心に傷を負わせて、さらに傷口を広げていたのなら、俺はなんという罪深い馬鹿野郎なんだ……。


 ――俺に出来ることって一体なんだろう。

 澪さんに泣かれるのは辛すぎた。

 いつも陰な雰囲気をまといつつも、俺の前では明るく楽しそうにしている彼女。お酒を飲んで調子に乗って意地悪になったり、俺のご飯を美味しそうに食べてくれたり、お客さんが増えてとても喜んでたり。

 

 俺は澪さんに笑っていて欲しいんだ。彼女が望むことならなんでもしてあげたい。それこそ一肌脱ぐぐらいどうってことなかった。


 おもむろに服を脱ぐ俺を見て、澪さんは泣くのを止めて、はっとした。


「なんかすっごい恥ずかしい。あ、エッチはなしっすよ。俺の初めてはそんな簡単にはあげられないっす」


「ぷっ、あはは! なに湊くん、まだしたことないんだ~」


 泣いたカラスがあっという間に泣き止んで、コロコロと笑い始めた。


「澪さんだって未経験っしょ。そんな匂いしますよ」


「嘘ッ! どこからそんな匂いがっ!」


 そういって自分の体をくんくんしはじめる澪さん。実にがっかりな姿だった。

 澪さんらしくておかしくなって、大笑いしてしまった。


 ぶーっとする澪さん。そして俺にしっかりと抱きついてきた。


 その感触は今まで経験したことのないほど、甘くて柔らかな感触だった。

 触れる箇所が火を吹くように熱く感じつつ、柔らかさと相まってお互いが一つに溶け合うようなそんな感覚。人の素晴らしい営みの一端に触れた心地になれた。


「――私の初めてだってそんなに簡単にはあげないんだから。 でも、人肌ってすごく温かいんだね。ちょっと癖になりそう……」


「俺も、澪さん柔らかくて暖かくて。頭がぼーっとしてくるっす」


「眠れそう?」


 澪さんの素直な疑問。でも、ドキドキしてると同時にとっても心が安らいでるのが分かる。


「このまま寝たらすごくよく眠れそうっす。おやすみ澪さん」


「うん、おやすみ湊くん。……ありがとうね」


 俺の気持ちは伝わっただろうか。はっきりと明言はできないけど、そんな簡単に離れる気はないという事を。


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