第8話 ポンコツ姉さんの逆襲
ひっくり返ったのもつかの間、むくりと起き上がり、即座に俺を愛で始めた澪さん。
「湊ちゃんフォーム良いねえ! こんな子とお酒飲めるなんて、お姉さん幸せすぎてどんどん飲んじゃう!」
「あはは、喜んでくれてよかったっす。じゃあまた着替えてきますね」
「えー! お願い! 今日はその格好で一緒に飲も! ね!」
ちょっと引かれたらどうしようとも思ったけど、気に入ってくれてよかった。
女装の趣味ってのは我ながらどうかとも思うけど、短所が長所になるのがたまらない。これも俺の一部だと思って受け入れてくれるのなら嬉しいな。
ただ、嬉しそうに太腿をサワサワされると、ちょっと別の意味でやばい。
俺から見ても十分すぎるほど魅力的な澪さん。そんな彼女からのスキンシップは、ある種の拷問に近かった。
……自分で撒いた種だ。我慢しておこう。
「なんかね、毎日たのしいんだ~。お祖父ちゃん死んでからずっと一人でいたからね。一人でいるのは好きだと思ってたんだけどなあ」
「でも、そのうち俺いなくなるだろうけど。そうなったら、ちょっとは寂しくなっちゃいます? 」
「うー! それはまだ考えたくないなあ。でも、いつかは羽ばたいていくんだよね……。そうなったら一人で生きていくよ。結婚とか無理だし。誰かと上手くやるのって、あんまり自信ないんだよね~……」
ぽつりぽつりと澪さんが語り始めた。酔い潰れるにはまだ早く、色々抱えてきた鬱憤を誰かに聞いてほしいようだった。
「澪さんの話、もっと聞かせてください。知らないことまだまだ多いっすよね。うちら」
俺の言葉に澪さんが嬉しそうに頷いた。
「私ね、前も言ったけど男の子によくからかわれていたの。それで自分に自信が無くなって、中学高校って人付き合いも苦手になってたんだ。」
「ホントそのバカ男子ひっぱたいてやりたいっすね」
「あはは、別に今は気にしてないんだけどね~。――大学に行ってからも、そんなに交友関係は広くなくてね。男の人は苦手なままだったな~。あ、でもね、告白された事は何度かあったんだよ!」
「そりゃ澪さん黙ってればめっちゃ美人ですもん。告白ぐらいされるっしょ」
「黙ってればって酷いよ! そんな可愛い顔してるのに結構毒吐くよね~。こうしちゃう!」
俺の顔を両手ではさんでウニウニしてくる。化粧が落ちるからやめてー。
「ふふふ、面白い顔! 湊くんみたいな子だったら付き合うのもありだったかもね~。……告白してくる人はみんなギラギラしててね。なんか怖くて全部逃げちゃってた」
「そうなんすか。まあ肉食男子と澪さんじゃ合わなそうっすね」
多分正解なんじゃないかな。付き合ったところで澪さんの良さを知ることが出来る男は限られてるだろうな。
「だよね~。男の人ってやっぱり怖いなって思っちゃう。大学卒業してWEBデザインの仕事についたんだけど、そこではパワハラセクハラが酷くてね。ノルマもきつかったし、精神的に追い詰められてたんだ」
「……なんだか超絶ブラックっすね。パワハラセクハラとかって今どき許されないって」
俺もお酒が入ってるせいか、必要以上に腹が立ってきた。
「ホント酷かった。怒鳴られたり、ファイルで頭叩いてきたり、いっつもビクビクして泣いてたな~」
思い出したのかちょっと震え始めた。ピトッとくっついていたので振動が伝わってくる。
女の人が頭叩かれる事なんてあるんだ……。
俺の社会人の経験は研修だけで終わってしまったからな。
澪さんの勤めていた会社は特にひどい部類なんだろう。そうであって欲しい。世のサラリーマンが全部そうだとは思いたくない。
「セクハラも酷かった。ボディータッチとか平気でしてくるの。ビクビクしてたからなんだろうね。なにしても逆らわないって思われちゃったみたい」
俺も震えてきた。澪さんのような怯えではなく怒りでだ。そんな理不尽なことが許されて良いはずがない。
ただひたすら悔しくて、苦手なビールを無意識に飲みまくっていた。酒に逃げるってこういうことなのかな。
「そんなときにお祖父ちゃんが言ってくれたの。『自分を守れるのは自分だけだ』って。そんなブラックな会社辞めてうちに来なさいって言ってくれたの」
「優しいお爺さんだったんすね……」
「お祖父ちゃん私の話を聞いてすごく怒ってね。法的手段に出るべきだって。泣き寝入りは絶対駄目ってね。証拠の映像や音声を残して法テラスに相談したら、すったもんだの末に話が進んでね。おかげで円満退職に退職金プラス示談金で潤っちゃった! もちろんセクハラ上司は懲戒免職処分ね」
よかった。本当によかった……。その結果を聞いただけで胸のすく思いだ。澪さんのお爺さん、ありがとうございます!
「澪さんのお爺さん見てみたいな~。写真とかないすか?」
「あるよ~。――うん、この写真がいいかな。ほら」
スマホに写っているのはお店のカウンターでコーヒーを淹れてる渋かっこいいお爺ちゃん。バリスタ的な正装なのか、シャツと蝶ネクタイをしている姿がとても似合っていた。
優しい目だなあ。スマホを向けてる澪さんを慈しむような眼差しだ。
ふと、澪さんが俺をぎゅっと抱きしめた。
「ふふ、湊くんは優しいよね。そんなに泣いちゃって……。ツケマ取れちゃってるよ」
「なにいってんすか、泣いてなんてないっす。……あれ?」
アルコールのせいかな。確かに頬には涙が伝っていた。感情がうまくコントロールできてないようだった。
「湊ちゃんは泣き虫だよね~! 初めてあった時もエンエン泣いてたし!」
「もう! またバカにして! 澪さんは一々俺のこと子ども扱いするっすよね! 俺だって本気出したら澪さんなんて……」
澪さんがくすっと笑う。その表情は魔性の女みたいな妖艶さがあった。おかしいな、おぼこだろうに……。
「澪さんなんて、どうするのかな? 湊くんは。こんな可愛いのに私をどうにかできちゃうんだ?」
耳元で囁く澪さん。熱い吐息が耳にかかり、心臓が痛いぐらい跳ねた。俺の腰をぎゅっと抱き寄せ、もう片方の手で俺の手をそっと握ってきた。一気に酔いも回って、頭がぐらぐらしはじめる。
「……澪さん酔いすぎっす。そろそろ寝るっすよ」
「……そうだね。明日はお出かけだし。――お風呂は入ったけど汗かいちゃった。シャワー浴びてから寝るね」
「俺も後から浴びるっす。揚げ物したからこのままじゃ寝れないし」
「一緒に浴びちゃう?」
澪さんの目はわりと真剣に見えた。
ここで頷いたらきっと一緒に浴びて、――そこからは引き返せなくなりそうだった。
「……馬鹿言ってないでさっさと入るっす」
「ちぇっ! じゃあねー」
風呂に向かった澪さんを見送り、へなへなと床に突っ伏す。
もう、澪さん……。ポンコツなくせに……。
その仕草やスタイル、無防備な表情、そしてクセの強い言動までもが――どうしようもなく魅力的だった。
やばいな俺。この先耐えられるのかなあ。
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