プロローグと言えない始まり

第1話【僕と彼女は幼馴染みらしい】

 世の中にはいくつもの理不尽がある。

 何故理不尽がなくならないのかと考えてみたのだが、恐らく僕が一人で生きているからではなく他の多くの人がいて、多くの人の都合がどうしてか押しつけられるのが結論かもしれないと人事のように思った。

 押しつけられるかは……結局ただの運次第なんだろうけど。

「よろしく頼むぞ、アイル」

 今回理不尽に当たってしまったのは、僕だった。

 人が良い領主で僕の暮らしていた村では概ね評判は良かったのだが、この領主には最大の問題として愛娘の発言をそのまま信じるという悪癖がある。

 いや、僕は貴方の娘の幼馴染みじゃないです。

 僕は正直に言った筈だった。

 何なら周囲も言ってくれたのだが、

「頼りになる幼馴染みなんだから大丈夫よ」

 大嘘を言うエリス一人きりの意見を信じ込んだ領主により、僕は喋ったこともないエリスの幼馴染みとして遠く離れた都市に一緒に行くことになった。

 理不尽以外の何物でもないのだが。




 都市に行くのは若い者の憧れ、何て言うのはこの国では考えられない。

 無論、都市までエリスと同行することを決定されてしまったアイルも、全く浮き足なんて立たなかった。

「愛娘の為に腕の良い護衛を雇うだろうさ」

 いつも不機嫌顔な割に知的だと女性によくもてているアイルの一番上の兄が、書いている書類から顔も上げずにそう言った。

 この長男は田舎の村では珍しく読み書きも計算もできるため、色々な事を常に頼まれて仕事を続けている所為か、若いのに目元のクマが取れたところをアイルは見たことはない。

「都市だし、いい職を見つけられるかもしれないよ」

 いつも穏やかな笑みを浮かべ優雅さ漂い女性にもてまくっている2番目の兄が、アイルの荷物を準備しながら言った。

 母親がいない代わりに平民としてはちょっと裕福で通いのお手伝いさんがいる家とは言え、頼り切りになる事もなく家を回しているのは2番目の兄だ。ややおかん属性が出ている気もするが、年の離れた弟であるアイルを邪険にせず面倒を見てくれたので、アイルは父や長男よりこの次男の話すことは素直に聞く。

「いい職か……」

「聖女付きは止めとけよ。特にあのほら吹き娘に付くのは絶対に止めとけ」

 長男が言わなくても、アイルにだって流石にそれが地獄の入り口なのは分かる。

「それにしても、あれだけ嘘ばかり言っていても聖女の資質って授けられるものなんだね。女神の基準はどうなってるんだろうね」

 次男の発言は、恐らく村中の者が一度は思ったことだろう。


 十五になると神殿で授けられる女神からの祝福、という名の特別な職業資格。聖騎士や賢者、聖獣使いといった特殊な職業は、必ずこの女神の祝福を得た者だけがなれることは、この世界では常識であった。とはいえ、まずこの祝福を得るものなどほとんどいない。

 この村でも今まで一人として祝福を得た者などおらず、案の定今年も村の子供達で祝福を得た者などいない、筈だった。

 村の子供達が終わって親達とともに神殿から去った後、突然神殿が光り輝いたのだ。

 慌てて村人達が戻ったところ、時間に遅れまくってようやく今祝福の儀を受けたエリスの体が眩しい光に包まれていたのだ。

「エリス様は『聖女』の祝福を授けられました……!」

 奇跡に感極まった神官が涙ながらにそう宣言したのだが……その奇跡を前にしてさえしても村人達は奇跡を疑っていた。

 領主の娘はほら吹き娘。

 領主には目に入れても痛くない可愛い娘らしいが、村人にとっては自分の思い通りにするためにはいくらでも嘘をついていいと思っている、性悪娘でしかなかった。

 エリスが欲望のために村中をかき回したのは、一度や二度ではない。


「あんなのが祝福を授けられるなんて世も末だと思ったが、村から出て行ってくれるなら確かに祝福だと認めてもいい」

「僕も追い出されるんだけど……」

 アイルが文句を言って、ようやく長男は顔を上げてアイルを見た。

「……エリスがお前の事を好きだとも聞いたこともないが、道連れにされたのは残念だったな」

「護衛なら本職の護衛で十分だろうに」

「護衛は体格も良い大人の男性達だけだしね。普通に領主の心配からだったんじゃないかな。後、アイルはエリスとほとんど繋がりないから、ギリギリ嫌ってはいないだろう?」

 ギリギリ、好いてもいない。普通、とも言えない。微妙すぎる立ち位置にいるのがアイルだった。

 ただ、やはりアイルにとってもエリスは評価的にはマイナスに振れているわけで、

「逃げたい。行きたくない」

 マイナスに振れている人間と、魔物が多く死の危険が隣り合わせの街道の移動を一緒にはしたくないのが、アイルの偽らざる本音だ。

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