第2話【幸運と不幸は誰だって釣り合わない】

 アイルの結論的に言えば、やっぱり本職は凄いな、という話であった。

 予定の都市、と言っても飽くまで地方都市であるオーリブまでの一週間(この世界でも7日)、魔物とほとんど遭遇することもなくたどり着いた。これは領主が雇った護衛達が、魔物よけの香など準備した事とルート選択の結果とアイルに言っていたのだが、やはり自分達で馬車を出していたらここまで安全に着くことはなかっただろうし、

「もうお別れですかぁ……」

 上目遣いで護衛隊のリーダーを捕まえて話しかけているエリスを、アイルともう一人、職人になる為に村を出てきた青年は空虚な目で見ていた。

 旅の間中ずっと護衛達にアピールしまくっていたエリスであったので、実はアイルを心配して予定を変えて付いてきた青年は「何の心配もいらなかったけど、心配だよな」と小さく呟いた。

「ああ、次の仕事が詰まっているんだ。君もこれから頑張ってね」

 嘘くさくない、別れるのがとても残念そうな顔で護衛隊のリーダーの人はエリスに言っているのだが……面倒な護衛対象と別れるときの演技であるとアイルは他の人から聞いていた。

 良くある事らしい。

 一番重要な護衛対象がめっちゃ男好きで誰彼構わず声をかけて来て、護衛の仕事に支障が出そうな場合、ああやって上手いことリーダーや副リーダーが注意を逸らしたり、演技で誤魔化したりしているそうだ。良くある事なので、他の護衛のメンバーも気にすることなく馬車や荷物を片付けている。

 良くある事と言うのが、アイルにはまず恐ろしいことだった。

 世の中の女性達はここまでアグレッシブなのが普通なら、何だか生きていくことさえ怖いと思った。

「残念です……ちょっとは一緒に街を回れるかと思ったのに」

「我々はいつもカツカツのスケジュールで動いていてね。優しく賢い君なら理解してくれるね」

 普通に考えれば、護衛隊の到着なんて状況次第で日程が前後するなんて当たり前で、到着したら直ぐ次のスケジュールが入っているなんてあり得ないと分かるはずだ。

「はい! 次の仕事も頑張って下さい!」

 正直、アイルはほとんどエリスを知らなかったが、聞いているより遥かに賢くはないと感じていた。

「あの女、直ぐに男に騙されそうだよな……」

 こそっと次男の友人でもある青年が話しかけてきた。

「オーリブの神殿に連れて行った以降は頼まれてないですし。騙されても……まあ、助ける義理はないんじゃないかと思うんだ」

「俺達、あの女とは仲良くないからな」

 エリスには親しい友人などいない。

 顔も良い、スタイルも良い、ただし欲に忠実で、欲のためには平気で嘘をつく者とは同性である女性は勿論、男でも仲良くすることは難しかった。

 護衛隊の馬車が止まっている場所は、まだオーリブを囲う塀の外側で、門が閉まるまでに街に入る審査に向かわなくてはいけないが、仲良くないのでここでエリスを置いて先に行きたかった。

 本当に何で自分を幼馴染みだなんて嘘を言ったんだか。

 アイルはこれで神殿にエリスを押しつけたら終わりたいと願っているが、恐らく難しいだろうと予想していた。



 祝福とはただの職業に就ける資格を得ただけであり、エリスの場合も『聖女』の祝福を得たからと言って『聖女』になれた訳ではないのだ。

「アイル! アイル!」

 冒険者ギルドで大声を出されて、アイルはげんなりした。

 好奇心旺盛で振り返る者が多数の中、何人かの冒険者とギルドの職員達が気の毒そうな顔をしてアイルを見る。

「今日は稼いできたの!? 早く頂戴よ!」

 これが気の毒そうな顔になる訳で、様子を窺っていた他の冒険者もぎょっとしていた。

 神殿が『聖女』の修行を始めた者に支給する質が良く品も良い服の上には、ごちゃごちゃとアクセサリーを付け、娼婦のような派手なメイクをした少女が、子供くらいに若く金銭に余裕のなさそうな身なりの少年に金をせびる光景は、やはり年かさの冒険者達にも異様なものに映っていた。

 エリスはほら吹きと同時に男好きに加え、おかしいくらいに派手好きであった。

 質素倹約を掲げる神殿で生活を始めて半月ももたず、外で暮らしていても『聖女』の修行が出来ると知るやいなや街の中で生活することにしてしまった。

 部屋を借りるなんて方法を知らないから、元々アイルが生活の拠点にしていたアパートを追い出して。

 借りる時点でもアイルはギルドに世話になったのだが、この追い出しによる契約の変更やらにもエリスがトンチンカンなので物凄く職員には手助けして貰っていた。

「……出さないって言ったよな」

「聞いてないわ!」

 実は先日も同じやりとりをしている。

 あの時は『身内の病気の話』で先輩冒険者が引っかかってしまい冒険者から強く言われたアイルが金を渡したが、次は『結婚の約束』、その次は『借金』と来る度違う話になって、エリスは大抵前に自分が言った話を覚えていない。最近その時の先輩冒険者はアイルにエリスに渡したときと同額のお金を返したということもあった。

「私達、幼馴染みでしょう? 助け合わないと!」

 神殿所属の服を着ているからエリスには乱暴なことは出来ない。

 冒険者はちょっと触っただけでも神殿の関係者には乱暴したと訴えられることがままあるため、冒険者達はアイルを気の毒に思ってもエリスを遠巻きにして、手を出すこともなく様子を見ている。

「恥ずかしいから帰れ」

「こっちが恥ずかしいの! 幼馴染みにお金を惜しむなんて冷血、あんたとは喋りたくもないのよ!」

「だったら帰れ」

「だから! 今日の稼ぎを頂戴って!」

 予想以上に悪いことになっているので、アイルはたまらず天を仰いだ。


「なら、貴女もダンジョンに潜ったら?」

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