第34話 堕天と覚悟の誕生
天界――それは光と秩序の象徴であり、理を司る神々の庭園。
そこにあるすべては“調和”の名のもとに保たれていた。
しかし今、その調和に揺らぎが生じていた。
空にひび割れるような光の亀裂が走る。
羽ばたく天使たちは動揺し、警鐘が鳴り響くなか、一人の天使がその中心に立っていた。
――アウレル。
銀白の髪と、透明な羽。
かつて、セラフィナの補佐を務め、神殿を守る歌姫として“穢れなき調停者”と称されていた。
しかし今、その羽はゆっくりと色を変えていく。
淡い光から、灰色へ。そして、黒の縁取りが差し込んでいく。
「……やはり、戻るおつもりなのですね、アウレル様」
天界の門前。警備の天使たちが剣を交差させ、アウレルの進路を阻んでいた。
「“裏切り者”と認定された者に、帰還の許可はおりません。しかも女神陛下を……!」
「そう。私は“掟”を破ったわ。女神様を、セラフィナのもとから連れ出した……」
けれど、彼女の声は澄んでいた。
「それでも、私は信じてる。
リリスは“争い”の象徴なんかじゃない。希望そのものよ。……そして、あの子の歌が、セラフィナを救うかもしれない」
天使たちが一瞬、言葉を失う。
その間隙を突くように、後ろから影が飛び込んできた。
「ちょっとォ! ぐだぐだしてたら、逃げ切れないわよ!」
ぴょん、と現れたのは、小柄で妖艶な笑顔を浮かべる少女――ミリュエル。
サキュバスである彼女は、天界に本来足を踏み入れることすら許されぬ存在だ。
しかし今、彼女はアウレルと並び立ち、女神セレナフィアの手をしっかりと握っていた。
「ありがとう、ミリュエル……。助かったわ」
「まったくもう、女神様をこんなとこに閉じ込めるなんて……セラフィナもどうかしてるわよ。
あの人、昔はわたしの憧れだったのに、今はもう、リリスのほうが断然キテる!」
ミリュエルはふんっと鼻を鳴らし、アウレルと顔を見合わせる。
セレナフィアは、ふたりの手を取ったまま微笑んだ。
「ありがとう、あなたたち。私は、何もできなかったけれど……リリスを信じている。
そして……あなたたちも」
――その瞬間。
アウレルの羽に、決定的な変化が訪れた。
もともと純白だったその翼は、静かに崩れるように灰へと変わり、黒と白が混ざり合う。
そして、最後に煌めく一閃――光の羽が音もなく砕け落ち、空へ散っていく。
「……堕天、です……!」
天界の見張りが、呆然と呟いた。
そのとき、アウレルは振り返り、まっすぐ前を見つめてこう言った。
「私は堕ちても構わない。
だって、リリスと一緒に生きていたいから。
“愛する”という理由で堕ちるなら、私は喜んで天を捨てるわ」
背後で羽が広がる。
一対の堕天使の翼――しかしそれは、漆黒ではなかった。
黒と白。光と影。まるでリリスの姿と重なるように、アウレルの翼もまた、境界を持つ存在へと変化していた。
そして――。
地上。クロノの元に、二人は舞い降りた。
ミリュエルがくるりと回転してポーズを決め、アウレルが静かに頷く。
「これで、3人そろったわね」
リリスが手を差し出す。
「……ようこそ、わたしたちのステージへ」
◆
その夜、ステージ袖に貼られた新たなポスターが人々の目を引いた。
そこに描かれていたのは――
天使、悪魔、そして神魔の混血――
《
世界の境界を超える、新たなユニットの誕生だった。
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