第35話 《Trinity∞Lily》初ステージ

その夜、観客たちは知らなかった。

“新たな奇跡”を目の当たりにすることを。


異世界ツアー《Twilight Beat》の第6公演目。

場所はかつて魔王軍の拠点だった、黒鉱の砦――今は完全に改装され、幻想的な光に包まれたライブ会場へと生まれ変わっていた。


 


ステージに設えられた巨大な結晶幕に、ふわりと光がともる。

観客席には人間も獣人も妖精族も、さらにはモンスターたちまでもが押し寄せている。


「次のユニットは……なんと、初登場!」


「異なる種族による“奇跡の融合ユニット”!」


ステージMCの叫びとともに、ホログラムの花が宙に咲いた。


――それは『境界の花リミット・ブロッサム』。


照明が一斉に落ち、静寂が訪れる。


その瞬間、空から一筋の光が舞い降りた。


 


「……歌うよ」


リリスの声が、穏やかに空気を震わせた。


センターに立つ彼女の姿は、まるで“星と闇を纏った希望”そのものだった。

左の翼は白金に輝き、右の翼は紫の魔光を湛えていた。


その両脇に――


透明な堕天の羽を広げるアウレル。

蠱惑的な微笑みとともに腰を振るミリュエル。


異なる“属性”を持つ三人が、ステージの中心に集う。


 


♪「たとえ違う空を持っていても 同じ風を感じたい――」♪


リリスの歌声は、まっすぐに伸びる。


アウレルがハーモニーを重ね、音が重なり合い、

ミリュエルがリズムに乗って観客を煽る。


 


「「「私たちは、ここにいる!」」」


叫びが響いた瞬間、ステージ上に――


《光と闇の羽が交差し、花弁のように宙を舞う》

ホログラム魔法と舞台装置が連動した、圧巻の“境界演出”が展開された。


 


「……うそ、あの子たち、まるで“正反対の命”みたいなのに……こんなに……!」


「なんでこんなに心が動くの……?」


観客席から、驚きと涙の声が漏れる。


なぜなら――


それは、戦うことを“役目”として生まれた者たちが

“歌うことで、生きたい”と願っていることの証明だったからだ。


 



舞台袖から、クロノがその光景を見守っていた。


「……これが、“本物の共鳴”か」


その隣に立つ瑠璃子も、ただ息を呑む。


「演出なんてもう関係ない。“本物”が立つと、空気が変わるのね……。これは、震える」


クロノは小さく笑って呟く。


「争いを止めるために、俺たちは“戦わない武器”を作ってきた。でも……

 リリスたちは、“想いそのもの”で人の心を変えた」


 



最後のサビが始まる。


アウレルが空を舞い、羽根を舞台へと散らす。

ミリュエルが観客席に視線を送り、小悪魔的にウィンクする。

そしてリリスは、マイクを握り締めて、最後の一節を放った。


 


♪「この世界が、ひとつになれる日を――」♪


 


その瞬間、ステージから走った光は、空を割った。


天界へ、魔界へ、そして人間の王都へ。

各地の魔導中継クリスタルにライブが映し出され、言葉が、歌が、想いが、拡散された。


 



「……バカな」


その光景を、雲の上から見つめる者がいた。


セラフィナ。


かつての慈悲深き天使は、今、怒りと困惑の入り混じった瞳でリリスを見下ろしていた。


「なぜ、彼女たちは……争わないことで、ここまで……!」


その指が震えた。


天使軍の旗が、彼女の背後に立ち並ぶ。


「許さない……あの子が、兄を惑わせた。女神まで……!」


 


セラフィナの瞳に、灼けるような光が宿った。


“天界の裁き”――その力を振るう決意が、彼女の中で強まっていく。

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