第33話 “争わない希望”を選んだ世界

――その歌が、世界を動かし始めていた。


異世界大陸のあちこちに、《Twilight Beat》の音が届き始めていた。

それは都市部にとどまらず、辺境の村、山奥の集落、砂漠のオアシス、海辺の漁村にまで――。


まるで雨粒が地面にしみ込むように。

ゆっくり、でも確実に、リリスたちの歌は世界を満たしていた。


 



「おい、最近あの“魔王の娘”が歌ってるって、本当か?」


「噂じゃ、天界の羽も持ってるらしい。魔王と女神の子供だとか……」


「けっ、冗談だろ。そんな奴が……いや、でも“聞いた”ぞ。歌を。あれは……すごかった」


王都の酒場。

一部の冒険者たちは、夜な夜なステージ演出のホログラム記録を再生しながら語り合っていた。


「剣じゃない、“言葉”や“感情”でぶつかり合うって……あの歌が、なんだか信じさせてくれるんだ」


「……あんな平和ボケが世界を救えると思うのか?」


「でも……その“平和ボケ”のほうが、ずっと楽しそうだったんだよ」


 



帝国の軍議室では、将軍たちが頭を抱えていた。


「……勇者の進行、3都市連続でストップ。理由はすべて“ライブ開催中”。剣・魔法ともに封印区域に指定されております」


「なんだそれは……ライブが防衛手段だと?」


「防衛というより、“世界の雰囲気が変わってきている”とお考えください」


「つまり……戦争が、“舞台”で止まっているということか……」


「皮肉なことに、剣より効果的かもしれません」


老将の眉間に、深い皺が寄る。

彼が見つめるのは、魔王城周辺で開催予定とされている“千秋楽ステージ”の告知ポスター。


「魔王軍の残党までが、チケットを取り合っているとか……。本当に、この世界は……」


 



そして、天界。


セラフィナがいない玉座の間。

空席となったその場所を、天使たちは沈黙で見つめていた。


「……神の名のもとに、争いが正義とされてきた」


「しかし今、“愛と歌”をもって抗う者が現れたのです」


「これは、無視できない潮流です。我ら天使も、再考すべきでは――」


「異議あり!」


重く冷たい声が、扉の向こうから響いた。


現れたのは、かつて天界の秩序を支えた長――セラフィエル。

拘束を解かれた彼は、すでに“感情”という名の火種を心に灯していた。


「リリス様の歌は、戦いではなく、理解を求めるものだ。

 女神は囚われてなお、それを願っておられた。……我々が動かねば、この天界は変われない」


 


その言葉に、静かな頷きが生まれた。


――セラフィナが置き去りにした“信仰の形”が、今、新しく定義されようとしていた。


 



そして、地上のライブ会場。


《Myth∞Twinkle》と《VIЯA††GE》の合同ステージのあとに、リリスがMCとして中央に立つ。


観客席には、勇者シオンの姿もあった。


 


「……みんな、ありがとう。こんなにもたくさんの人が集まってくれて、本当に嬉しいです」


彼女の声は震えていた。けれど、瞳は澄んでいた。


「私は、魔王の娘で、女神の娘です。……でも、それは“争いの象徴”じゃない。

 私は、みんなの笑顔が見たくて、歌っています」


サイリウムの光が、海のように波打った。


 


「戦うより、好きって叫ぼうよ!」


リリスが笑うと、会場は歓声に包まれた。


その声はやがて、シオンの胸にも届いていた。

震えるような、熱を孕んだ響き。

彼の中の“勇者としての常識”が、少しずつ崩れていくのがわかった。


 


(こんなの……反則だろ。こんな歌、信じるしかなくなる……)


 


誰かを斬るためじゃなく、誰かのために声をあげる。

その歌が、世界中に共鳴しはじめていた。

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