第32話 シオンの迷いと、“歌”との邂逅
――サイリウム剣を、握りしめる手が震えていた。
勇者シオンは、人波の中で立ち尽くしていた。
背中にあったはずの剣は、ライブ会場入り口で「危険物持ち込み禁止」により預けさせられ、
魔法もスキルも、結界によって一時的に封じられている。
「通行条件は“公演の観覧”のみ。途中退場やステージ乱入は禁止です!」
スタッフのマニュアル的な声が、頭に焼き付いていた。
まさか、自分が異世界でこんなにも徹底的に足止めを食らうとは――。
「……どういう、ことだよ」
セラフィナの怒りに満ちた声が、隣から聞こえてくる。
彼女は天界の光を背負う“天使”であり、かつて女神セレナフィアに忠誠を誓った存在。
その彼女が、今は人間の勇者と手を組み、魔王の娘――リリスを討たんとしていた。
「これでは、ただの見物人と変わらない……!」
「まぁ、もう剣も魔法も封じられてるんだし……見てくしか、ないだろ?」
シオンは乾いた笑いを浮かべたが、内心は複雑だった。
確かに最初は、“魔王の娘を討つ旅”だった。
けれど、どこかで――“あの歌”が、脳裏にこびりついて離れなかった。
リリス・アルセリア=ファム。
最初に見たステージ――あれは偶然だった。
本当はその街を素通りするはずだったのに、気づけば“開場待ちの列”に並ばされ、
「これが通行証になりますので!」と笑顔で渡されたサイリウム剣を持たされ、
観客席に座ってしまった自分がいた。
そして、リリスの歌が始まった。
“だれかの涙が 夜を越えて
朝を迎えるなら
わたしは歌う ここで歌う
争いじゃない 願いの形で”
最初の音が響いた瞬間、何かが胸に刺さった。
魔法でも剣でもない、柔らかい“熱”が、じんわりと心の中に広がっていく。
――なぜ、歌なんかに?
そう思っていた。思っていたはずだった。
「……シオン、あれは“罠”です。あの娘の歌には、魔王の甘言が籠もっている……!」
隣で、セラフィナが呪詛のように囁いた。
「……俺には、そうは思えなかった」
「っ……?」
「俺が戦ってきた敵は、もっと“殺意”を持ってた。あの子の歌には、そんなもの感じなかった」
セラフィナの瞳が揺れる。
それは、初めて彼女が“迷い”を浮かべたようにも見えた。
ステージ上では、リリスが光と闇の羽を広げていた。
右に白き天使の翼。左に黒き悪魔の翼。
背負うものすべてを肯定し、その上で歌い続ける姿が、まるで神話のようだった。
――あの子は、本当に“歌のために生まれてきた”のか?
そんな考えが、ふと脳裏をよぎる。
シオンはそっと、胸の中にある小さな違和感を見つめた。
自分が“勇者”に選ばれた意味。
自分が“戦うこと”に疑問を持たなかった理由。
そして――今、なぜ“そのすべて”が揺らぎ始めているのか。
「シオン。……どうか、惑わされないでください」
セラフィナの声は、もう哀願に近かった。
けれど、彼女の手は、少しだけ震えていた。
(俺は、何を信じるべきなんだ……?)
そう問いかけながら、シオンはサイリウム剣を握りしめる。
それは“武器”ではない。
けれど、今この瞬間――彼の心を照らす“光”のひとつだった。
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