第31話 リリスの“祈り”と、兄との対話
控室を出たリリスは、胸の奥で何かが静かに脈打つのを感じていた。
それは鼓動のようでいて、言葉にならない感情のうねりだった。
グラン――魔王である父。
セレナフィア――女神である母。
そしてクロノ――プロデューサーである兄。
みんなが、彼女の夢を信じてくれている。
それは嬉しくて、誇らしくて、でも……どこか怖かった。
(この“ステージ”は、本当に私の夢のためだけにあるのかな……?)
その夜、リリスはクロノに呼び出された。
場所は、公演用ステージの屋上――煌めく星が天幕のように広がる、特別な空間。
兄は、ホログラムで構成された舞台演出のデモを操作しながら、口を開いた。
「……お前、迷ってるだろ」
「え?」
「顔に出てる。母さんと父さんのこと、それにこのツアーのこと……」
クロノはホログラムの演出案を一時停止し、妹の方を見た。
「“自分のため”に歌っていいのか、って思ってるだろ?」
リリスはぎゅっと手を握りしめた。
「……うん。だって、私は……ただ、アイドルになりたかっただけで……。
それなのに、みんなが“私のために世界を動かそうとしてる”なんて……、責任が重くて」
「……そうだな。正直、お前が歌ってるだけで、いろんなもんが動きすぎてる気もする」
クロノは乾いた笑いを漏らした。
「でも、それは“お前の歌に意味があるから”だ。――人の心を動かすって、そういうことなんだよ」
風がそよぎ、リリスの銀髪がふわりと揺れる。
「……私、まだ“歌で誰かを救える”なんて、思えないよ。
だって、セラフィナ様は……私を“魔王の娘”ってだけで否定するし、
勇者さんもきっと、まだ私のこと“敵”だって思ってる」
「それでも、お前は歌うしかない」
クロノはまっすぐリリスを見つめた。
「歌は“祈り”だ。祈りってのは、届くかどうかなんて関係ない。“届いてほしい”って願うこと自体が、もう力なんだよ」
「……」
「だから、お前の歌は“武器”じゃない。盾でもない。ただ――お前の願いなんだ」
リリスの目に、ゆっくりと涙が浮かぶ。
「私ね……お兄ちゃん。戦いのない世界にしたいの。
みんなが剣を置いて、マイクを持って、ステージで笑ってくれたらって……。
そんなの、夢見すぎって笑われるかもしれないけど……それでも、信じたいの」
「……なら、それが正しい」
クロノは、ホログラムを再起動し、“次回公演”のセット案を表示した。
舞台の中央には、リリスの立ち位置が示され、周囲には“光と闇”の羽が演出として展開される。
背景には、“星の樹”を模した神話的なステージ装置――その名も**《ユグド・サンクチュアリ》**。
「この舞台は、お前が中心だ。お前の祈りが、舞台を創る。
セトリも、照明も、演出も……全部、“家族の物語”をなぞってる」
「……!」
「このステージは、戦いを止めるんじゃない。
――“止まりたい”と思わせる理由を、世界に見せる場所だよ」
リリスは静かに、頷いた。
言葉にできなかった迷いが、ゆっくりと溶けていく。
彼女の歌は、まだ未熟で、まだ小さい。
でも、だからこそ――誰かの心に、届くかもしれない。
「……ありがとう、お兄ちゃん。私、歌う。もっと、もっと歌う。
みんなが“争う理由”を忘れてくれるくらい、響かせるよ……!」
星の下、ひとりの少女の“祈り”が、静かに力を持ち始めていた。
それはやがて、世界を変える旋律になる。
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