第19話 《Trinity∞Lily》──光と闇、その狭間に咲く歌

天と地の境界、星の光も届かない浮遊島ノクティス・ブリッジ

古の神々がかつて“争いを捨てた場”として遺した空中の遺跡。

そこに、三人の少女が集っていた。


 


風がそっと吹き抜ける石造りの神殿跡。

その中心に立つのは、白と黒、相反する羽を一対ずつ背に宿す少女。


リリス・アルセリア=ファム。

魔王と女神の間に生まれた、神魔混血の少女。


 


「……あの時、私ひとりじゃ、伝わらないと思った」


 


彼女は天を見上げながら静かに口を開いた。


「世界を“止めたい”って想いも、“争わずに歌いたい”って夢も、

 多分、私の声が届かないなら、光の声と闇の声、両方合わせたら……届くかもしれない。

だって私たちは、拒絶じゃなくて共鳴を選びたいんだもん。」


 


その隣に立つのは、透き通るような純白の羽を背負った天使の少女――


アウレル・セレーネ。


清らかな気配をまといながらも、その眼差しには揺るがぬ意志があった。


 


「セラフィナ様はきっと、世界を守りたいだけ。でも、そのやり方は、間違ってる」


 


アウレルは、かつて天使長である兄セラフィエルと女神セレナフィアを、

天界の監視からこっそり逃した張本人。

その背負う覚悟は、リリスの歌に触れてより強くなった。


 


「私も……歌いたいの。争いじゃなくて、伝えるために」


「うん」


 


リリスはにっこりと笑う。


その笑顔は、魔王の娘の顔ではなかった。

ひとりの少女として、夢を追う者のまっすぐな光。


 


そして、最後に現れたのは、軽やかに宙を跳ねる黒い羽根。


艶やかな身体に、ワインレッドのレオタード衣装。

胸元を惜しげもなく開いたその姿に、愛嬌と色気が共存する。


サキュバスの少女、ミリュエル・フォルナシア。


 


「は~い、リリス! アウレル! 今日は集まってくれてありがとねぇ♡」


 


「来るのが遅い!」


「ほんとにもう……お茶の時間から2時間遅れよ?」


「だってさぁ~、新しいビジュアル案の下着選んでたんだもん。えへへ♪」


 


ミリュエルはリリスの幼なじみ。

かつては“客引き”だったが、リリスのステージに心を打たれ、アイドルの道へ転向。


その奔放な態度の裏には、誰よりもリリスを理解し、支える覚悟があった。


 


「ねえ、あたしも伝えたいの。

 “悪”とか“夜”とか、エッチとか……それを笑って流すんじゃなくて、

 受け入れて、理解してもらえる世界って、ちゃんと作れるってこと!」


 


「うん。だからこそ――」


リリスは二人の手を取る。


「この三人で、ユニットを組もう。名前は――《Trinity∞Lilyトリニティ・リリー》」


 


「“リリスの百合”?」


「ち、ちがう! “三位一体の花”って意味!!」


 


思わず頬を赤らめるリリスに、ミリュエルとアウレルがくすくすと笑う。


だがその中心にあるものは、ただの冗談ではなかった。


 


神、悪魔、混血――光も闇も、互いを拒まず、手を取る。


 


この三人だからこそできる“歌”が、ある。


 


「セトリは決めた?」


「最初の曲は『境界の花リミット・ブロッサム』」


リリスが差し出した譜面には、彼女が心を込めて綴った歌詞があった。


 


世界の光も、影も

この手のひらに咲いた花

善も、悪も、手を取れるなら

未来は歌になる


 


「……綺麗な歌詞ね」

アウレルが微笑む。


 


「でも、ステージ演出どうする? あたし、客席の男子たち、口開けて気絶させちゃうかも♪」


「やめて! 戦争になる!」


 


けれど、その軽口も笑顔も、すべてが“希望の形”。


 


──このステージは、争いを終わらせる“祈り”の始まり。


 


「リリス。私たち、間違いなく“戦い”に挑んでるわよ」


「うん。でもね、“戦わないための戦い”ってあると思うの」


 


そして三人は、空を見上げる。


 


遠く、天界で囚われたセレナフィアとセラフィエル。

地上で暴れようとしている勇者たち。

それらを止めるのは――剣ではなく、歌だ。


 


「よし、衣装案もあるよ! 羽根が左右違う感じで、私のは光と闇、アウレルは透明な輝き、ミリュエルは……やっぱエロかっこいいで♡」


「いや、そっちに寄せすぎでしょ!?」


 


笑い合いながら、三人はステージの準備へと歩き出す。


光も、闇も、すべてを包む“花”のように。


 


Trinity∞Lilyトリニティー・リリー》──世界の境界に咲く、たったひとつの希望の花。


 


その歌声は、やがて空を越え、天界と魔界と地上を貫く一陣の風となって響くことになる。

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