第20話 Twilight Beat、始動!

《世界に、音を。争いに、幕を。》

 ──異世界ライブツアー《Twilight Beatトワイライト・ビート》、始動。


 


 その報が正式に広まったのは、天暦1213年・夏至の朝だった。


 各都市に貼り出されたポスターは魔導印刷によって光を帯び、

 空を駆ける鳥型魔導ドローンが告知歌を流す。


 魔族、獣人、精霊、竜人、そして人間。


 あらゆる種族の目に、それは“戦争とは違う希望”として映った。


 


 会場は、世界各地に点在する浮遊ステージ、遺跡、魔都の劇場、神殿跡。

 それぞれが地脈・魔力の流れに沿って設営されており、まるでかつての“聖戦ルート”をなぞるかのよう。


 


 しかし今回のツアーの目的はただ一つ。


 ──戦わずに、心を動かす。


 


 ⸻


 


「これが最新の会場構造案ね。魔法陣による防御結界、観客用の安全フィールド、装備封印ゾーン……完璧よ」


《VIЯA††GE》のプロデューサー、桐島瑠璃子がタブレット型魔導書を閉じた。


 隣で頷くのは、リリスの兄であり本企画の仕掛け人、クロノ・アルセリア=ファム。


 


「ありがとう、瑠璃子さん。あとはモンスター娘ユニットたちの初回ステージの調整だね」


「ええ。各ユニット、インパクトが強すぎて……ステージごとにファンの宗教化が進みそうで怖いわ」


「予想してたより“布教力”あるからね……でも、そこも狙いのひとつだよ」


 


 クロノは、浮遊スクリーンに各ユニットのデータを並べながら語る。


 

 •《Floral Hazardフローラル・ハザード》は、神殿都市エリュディアにて植物と魔法のコラボステージを展開予定。

 •《Aqua☆Sirenアクア・サイレン》は、海上移動ステージ《サウンドリーフ号》を使った“水上ライブ”を計画。

 •《Midnight Viceミッドナイト・ボイス》は、ダークシティ《アーク=メギア》の旧劇場を改装して“夜の讃美歌”を演出。

 •《Mighty♥Beatsマイティー・ビーツ》は、農業祭とのコラボで野外スタジアムを設営。

 •そして、《Trinity∞Lilyトリニティー・リリィ》は、世界の“境界”とされる空中遺跡ノクティス・ブリッジでの“調和のライブ”。


 


「伝説にするには、十分すぎる構成だわ」

 瑠璃子の口元が緩む。


「リリスのユニット、すごいわね。天使、悪魔、混血の三重奏……あれ、もう物語よ」


 


「うん。彼女はただ“歌いたい”だけなんだ。

 でもその想いが、誰かの心を変えるかもしれないって……そう信じられるようになった」


 


 クロノの眼差しは穏やかだった。


 あの頃、ただの“お転婆な妹”だったリリスが、いまや世界の希望になりつつある。


 


「でも、リリスの負担が大きくなりすぎないようにね。私たちプロデューサーは、彼女たちを守る盾にもならなきゃ」


「ええ。“ステージ”という名の戦場で、剣を持つのはあの子たち。

 私たちは、土台を用意するだけよ」


 


 ⸻


 


 その夜。


 浮遊都市アルメイラに設置された第一公演会場に、最初の観客たちが集まり始めていた。


《Myth∞Twinkle》と《VIЯA††GE》のWヘッドライナー公演が告知された初公演。


 


 観客の中には、人間だけでなく、精霊、獣人、スライム、グリフォン、時に幽霊すらいた。


「ほんとうに……“戦争じゃなくて、ライブ”なんだね……」


 


 ある魔族の青年が呟くと、傍らの友人が笑った。


「剣よりも、歌で心が動くなら……そっちの方が、かっこいいと思わない?」


 


 その声に応えるように、上空の魔導ドローンから響き渡る合成音声。


 ──『Twilight Beat、公演まであと2日』


 ──『観客ルール:装備・魔法封印、マナー厳守、光る棒はお忘れなく』


 


 その呼びかけに、各地の人々が準備を始めていた。


 サイリウムを揃え、推し色の衣装を纏い、“推しユニット”を語り合い、

 一部の国家元首たちすら、観客席の確保に躍起になる始末だった。


 


 ⸻


 


 その頃、異界の監視者たちは囁き合う。


「このライブは……ただの演出ではない」

「魔族も、神族も、人間も……感情をぶつけ合う“本気の舞台”だ」


 


 誰かが言った。


「もしこの歌が世界を止めるなら、それこそが“新たな伝説”になるだろう」


 


 戦争ではなく、歌で世界が動く。


 それは、剣では為せなかった奇跡の始まりだった。


 


 そして2日後──

 ライブツアー《Twilight Beatトワイライト・ビート》初陣が、幕を開ける。

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