第13話 兄の予感、歌で戦争を止めろ
静寂の夜。
現代日本のとある高層ビル――音楽事務所「アルクレア」のオフィスには、兄の姿があった。
クロノ・ダグリオン。
リリスの兄であり、魔王と女神の息子。そして現在、現代世界でプロデューサーとして活動する彼は、
PCの前で静かに目を閉じていた。
(――来たか)
彼のもとに届いたのは、一本の封印通信。
差出人は、かつて天界で彼と友情を誓い合った男――天使長、セラフィエル。
だが、書かれていた内容は無情だった。
『セラフィナ、動いた。女神を拘束。私は……天界牢に囚われた』
心の奥が、わずかに軋む。
セラフィエル。
天界で育ったクロノが“異端の血”として孤立していた頃、唯一、彼を対等に扱い、信じてくれた存在。
幼き日のクロノは、彼と剣を交え、共に学び、語り、夢を語った。
その彼が――妹に囚われる日が来るとは。
「……皮肉だな。あれほど正しさに真っ直ぐだった奴が、“優しさ”で縛られたか」
クロノは立ち上がり、カーテンを開けた。
都市の灯りが滲む夜景。その向こうに広がるのは、魔法も剣も存在しない“平和な日常”。
だが、それが揺らぎ始めているのを、彼は感じていた。
リリスが初ステージで放った歌声――。
それは、ただの少女の夢ではない。“異世界”という存在を、世界中に知らしめる扉だった。
天界が動いた。セラフィナが暴走した。
そして、おそらく――勇者も目覚めている。
(このまま放っておけば、リリスの夢は“戦火”に飲まれる。
……そんなの、許せるわけないだろう)
彼は考えを巡らせる。
戦争は止めねばならない。だが、武力で止めるなど、親が魔王だからといって、そんな愚は繰り返さない。
――ならば。
「戦わずして、止めるしかない」
彼の中に一つの答えが浮かぶ。
「“歌”で、世界を止める」
***
デスクの横に置かれた一冊のノート。
その表紙には、筆記体で小さくこう書かれていた。
『Twilight Beat 計画草案』
それは、まだ誰にも見せていないクロノの“非常用プラン”。
もし世界が争いの渦へ傾いたとき、武器ではなく“文化”でそれを止める。
そのための“歌による侵食シナリオ”だった。
剣と魔法が通じない、“夢の力”を中心にした構造――
通過条件は“ライブの鑑賞”、武装の一時封印、サイリウム型の代替装備、地域に根差した感動演出。
「勇者に剣を持たせるより、サイリウムを握らせた方が無害でしょ。なぁ、セラフィエル?」
彼は思い出す。
かつて天界の寮の窓辺で、セラフィエルが笑いながら言った言葉。
『お前が考える戦いのない世界なんて、絵空事だ』
でも、あの頃と違う。
今のクロノには、“届けたい歌”がある。
「あいつの夢はただの気まぐれじゃない。
あの歌が……もし戦争の代わりになるなら、俺は世界を巻き込んででも実現させる」
――親友のお前なら、分かってくれるよな、セラフィエル。
***
夜が明ける頃。
クロノはタブレットを操作しながら、現代世界と異世界を繋ぐゲート技術にアクセスをかけていた。
「まずは、協力者を探すか。……この作戦を成功させるには、“あいつ”の力が要る」
その名は、桐島瑠璃子。
ライバルユニット《VIЯA††GE》の冷酷なプロデューサー。
だが彼女もまた、“世界に変革をもたらす”という夢を抱く者。
クロノは小さく笑った。
「戦争じゃなく、ライブで世界を支配しようぜ――桐島」
画面に表示された“異世界側ライブ会場構想図”を見つめながら、
彼の瞳は、魔王の息子ではなく、一人の兄としての覚悟に満ちていた。
(リリス、お前は知らなくていい。この戦いは……兄が引き受ける)
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