第14話 禁断の手段、異世界ツアー《Twilight Beat》構想

 「……その手で来るとは、思わなかったわ」


 


 カチャリ、と指先でアイスコーヒーのグラスが揺れた。

 夜の静寂に包まれた都内の制作スタジオ、会議室。照明は落とされ、モニターだけが淡く光を放っている。


 


 テーブルを挟み向かい合って座るのは、クロノ・ダグリオンと桐島瑠璃子――

 《Myth∞Twinkle》と《VIЯA††GE》、それぞれのプロデューサーである。


 


「世界を“止める”のに、ライブを使うなんて。やっぱり、あなたって面白いわね」


 


「戦争を止める手段が歌でもいいだろ?」


 


 クロノは笑う。だがその瞳には、どこか鋭い光が宿っていた。


 


 異世界の情勢が揺らいでいる。

 女神・セレナフィアが拘束され、天使軍が動き出したという報が届いた直後、

 彼は動いた。妹・リリスの夢を守るため、そして、戦火を未然に防ぐために。


 


「ツアー名は《Twilight Beat》。

 “世界が闇に染まる前に、鼓動で照らす”という意味を込めた」


 


「詩的ね。でも、実際に“止める”方法は?」


 


「――ライブ会場を、勇者の旅路に配置する」


 


 クロノはホログラム操作で異世界地図を開き、勇者の進行ルートをなぞるように光点を浮かべていく。


 


「各地に仮設会場を展開。通行には“公演鑑賞”を必須条件とし、

 安全上の理由で武器・魔法の行使は禁止。入場時に“剣型サイリウム”と引き換えになる」


 


 テーブルに置かれた試作品のサイリウムは、まるで小ぶりな聖剣のようだった。

 だが光るのは戦意ではなく――感情だった。


 


「剣を手放させる代わりに、心で舞台を感じてもらう。

 剣では世界を救えない。だが歌なら、“一時でも心を止める”ことはできる」


 


 瑠璃子は微笑む。


 


「ふふ……皮肉ね。魔王の息子が“非暴力の壁”を作るなんて」


 


「暴力で失ったものを、俺は知ってるからな」


 


 その言葉には、彼の過去と覚悟が滲んでいた。


 


***


 


「さて、構想は分かった。じゃあ問題は――演出よ。

 《Twilight Beat》は異世界初のライブ。衣装も、演出も、全力で非現実に振り切らなきゃ意味がないわ」


 


 瑠璃子がタブレットを操作し、《VIЯA††GE》の新衣装案を映し出す。


 


 黒を基調に、深紅とダークゴールドで縁取られた戦装束。

 マントは羽根と鎧を混ぜた意匠。それぞれに“魔王”、“堕天使”、“暗黒騎士”の要素を散りばめたデザインだった。


 


「これは“堕ちた威厳”を体現する衣装。

 神代響は魔王将軍、如月燈は暗黒の剣舞騎士、まなかは堕天使の悪戯者。

 異世界の民に、“現実と実力の化身”を突きつける」


 


「らしいな。じゃあ、うちは“幻想の逆襲”でいこう」


 


 クロノが提示したのは、《Myth∞Twinkle》の新衣装案。

 淡い聖光と深い紅を織り交ぜた、“天使と魔王の調和”をモチーフにしたドレス群。

 左右非対称の羽飾り、星屑のグリッター、そして胸元には女神と魔王の紋章が交錯する宝珠が飾られている。


 


「リリスは“天と魔の娘”。

 だから彼女の衣装には、どちらの力も宿らせる。

 演出でも、“魔の影”と“天の光”を同時に降らせて登場させるつもりだ」


 


「……世界の中心に立つ存在として、見せるのね」


 


 瑠璃子が目を細める。


 


「なるほど。なら、うちはそのリリスを“見極める者”として登場させる。

 強者だけが持つ威圧と美。観客は自然と、二者の“緊張”に惹き込まれるわ」


 


「その緊張が、物語を生む」


 


 クロノは微笑みながら頷いた。


 


「俺は思うんだ。

 ――リリスの“歌”には、両方の世界を結ぶ力がある。

 だったら、その舞台は“神と魔と人”すべてが向き合う場所であるべきだ」


 


***


 


「さて、次はセットリスト。テーマは“世界を巡る葛藤”だ」


 


 クロノが表示したのは、ステージごとの公演テーマ案だった。


 第一公演:“分断”――種族の対立と歩み寄り

 第二公演:“偏見”――異種族に向ける無意識の視線

 第三公演:“希望”――闇の中に射す、微かな光


 


「それぞれ、TwinkleとVIЯA††GEが異なる視点で同じテーマを歌う。

 Twinkleは“癒し”と“希望”、VIЯA††GEは“現実”と“抗い”だ」


 


「いっそ、終盤には両ユニットが“対話形式”の楽曲で共演するのもアリね」


 


 瑠璃子の提案に、クロノは笑う。


 


「そのときこそ――物語の真の“交差点”だな」


 


***


 


 深夜2時。全体構想の打ち合わせがようやく終わった。


 テーブルの上には、ライブツアー13公演の計画図と、演出・衣装・演目・機材リストが積み上がっている。


 


 クロノは立ち上がり、ホログラムに浮かぶステージCGを眺めた。


 


「これが、リリスの夢を守る舞台になる。

 セラフィナが剣を振るうなら――俺たちは“光と音”で世界に刃を突きつける」


 


「観客を殺す必要なんてない。ただ、“心を止める”だけでいいのよね」


 


「そう。動けなくなった者にこそ、本当の“変化”が訪れる」


 


 互いに視線を交わし、口元だけで笑う。


 


 誰にも理解されないかもしれない策。

 だが、それが“戦わずして世界を止める”方法だと、二人は信じていた。


 


***


 


 そして、その翌日。


 異世界各地の空に、一斉に張り出されたポスターがあった。


 


 ――《Twilight Beat》ツアー開催決定!


 ――アイドル募集:種族不問。あなたの“歌”で、世界を変えませんか?


 


 その文面は、かつてない数の種族に、かつてない夢を見せた。


 


“戦いを拒む剣”が、いま光を放つ。


世界は歌で塗り替えられる。


これは、ライブによる戦争阻止計画――その始まりである。

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