第10話 光の中へ、私たちの初ステージ

 ――眩しい。


 ステージに足を踏み出した瞬間、リリスは思わず目を細めた。

 照明の光が、まるで太陽のように降り注ぐ。


 まぶしさとともに、観客席から押し寄せる“空気の重さ”が肌に触れた。

 ざわめき、期待、冷たい視線。全てが、胸に鋭く突き刺さってくる。


 


(大丈夫、大丈夫。わたしは……)


 


 春日と目が合った。彼女は(いや、彼は)ふわりと微笑む。

 それだけで、リリスの緊張がほんの少しほどけた。


 


「行こう、《Myth∞Twinkle》!」


 


 先頭の青山紗枝がマイクを掲げ、音楽が走り出す。


 


 ――イントロは、電子とオーケストラが融合した幻想系サウンド。

 天使の羽音のようなコーラスから始まり、少女たちの足元に、星屑のような光が舞い上がる。


 


 スポットライトが五人を中心に放射状に広がる。


 リリスはセンター。両脇に春日と紗枝、少し後方にあみと凪。

 衣装は白と銀を基調にした“幻想×アイドル”仕様で、スカートの裾には魔法陣を模したレースが編み込まれている。


 髪飾りには、リリスだけが持つ《煌環(きらめき)のルーン》が淡く光っていた。


 


 そして、第一声――。


 


 「――ひかり、見つけたの……!」


 


 リリスの歌声が響いた。


 それは、震えていた。けれど、まっすぐだった。

 まるで“夢を見つけた少女の声”そのものだった。


 その瞬間、照明が切り替わり、リリスの足元から空間に薄桃色の魔法光が放たれる。

 観客席に走るざわめき。


 


(えっ、何あの演出……マジで……異世界?)

(やば、なんか泣きそう……)


 


 曲は『Stellar Promiseステラ・プロミス』――凪が書いた、リリスの声をイメージした楽曲。


 未来を知らずに夢を追う少女が、それでも誰かのために歌う。

 そんな祈りのような歌詞と、切なく透明なメロディが、会場の空気を静かに変えていく。


 


 振り付けはシンプルで、儚さと躍動が交互に織りなされる。

 リリスは目線を下げず、観客一人ひとりを“ちゃんと見る”ように心がけた。


 


(……届いて。わたしの声、ここにいる誰かの心に)


 


 コーラスに入ると、春日の高音はクリスタルのように透き通り、センターのリリスを包み込む。

 紗枝は寸分の狂いもないリズムで全体を統率し、まさに“副センター”の貫禄。

 あみは笑顔を振りまき、観客と目を合わせるたびに手を振る。

 凪の一歩一歩は音と同調し、まるで舞台の“地脈”をなぞっているかのようだった。


 それは、まさに“バラバラだった5人が、ひとつに重なる”瞬間だった。


 


 照明が段階的に暗くなり、間奏に入る。

 リリスは、ステージの中央でそっと目を閉じた。


 


(もう、怖くない)


 


 音楽と自分が溶け合う。

 歌詞の意味が、自分の人生と重なっていく。


 


「――それでも、わたしはここにいる。

   誰かに届くまで、声をやめない」


 


 そのフレーズは、会場の奥まで、真っすぐ届いた。


 


 観客席の一角で、少女が泣いていた。

 年配の男性が口をぽかんと開けて見上げていた。


 最初は「異世界アイドル? ネタ枠だろ」と見ていた観客たちの表情が、少しずつ変わっていく。


 軽蔑が、興味へ。

 疑いが、共鳴へ。


 


 そして――ラストサビ。


 全員で舞台のセンターへと集まり、リリスが最後の一歩を踏み出す。


 


「――だから、願うよ。

 わたしの声が、あなたの夢を照らせますように!」


 その瞬間、舞台の天井から無数の光の羽が舞い落ちた。

 ステージと観客席を繋ぐように、静かに、温かく、夜空に光が広がっていく

 


 ドラムとストリングスが炸裂し、ステージ上に光の羽が降り注ぐ。

 会場が一瞬、呼吸を忘れたように静まり返った。


 


 そして――拍手が、波のように広がっていく。


 


 リリスの頬に、涙がつう、と流れた。

 それでも彼女は笑った。心から、満面の笑みで。


 


(これが、わたしの“ステージ”)


 


 夢が叶ったわけじゃない。始まったばかりだ。

 けれど、確かに今、誰かの心が、リリスの声に反応した。


 


 スポットライトの中、5人は手を取り合う。


 次のステージに向かって――。


 

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