第25章「友也の問い、正しさを超えた先に」
縁宮内、申請受付第三室――
今日の案件は、形式上は“再契”の簡易相談だった。
しかし、実際に応対していた友也の脳裏には、今なおその“違和感”が残っていた。
「契りたい理由が、“納得できない”って、どういうことなんだ……」
申請者は、かつて一度、婚約直前に契約を破棄された青年だった。
今になって再契を求めてきたが――理由がこうだ。
「彼女と“幸せだった記憶”が、ずっと抜けない。だからもう一度やり直したい。でも……自分でも、それが“過去に縛られてるだけ”なのかもしれないと不安です」
一見、珍しくない動機に見える。
だが、彼の目は、“未来を見ているようには思えなかった”。
「俺は……再契って、“積み重ねた関係”の延長にあるものだと考えてた。でも彼の話には“過去”しかない。……なのに、なぜ“制度上は問題なし”なんだ……?」
そう呟く彼の背後に、静かに声が落ちた。
「それは、制度が“正しい”からじゃなくて、“優しい”からじゃない?」
振り返ると、そこには智恵がいた。
「……君か」
「友也くんって、“正しさ”が世界の真ん中にあるって思ってたでしょ?」
「……そうだ。ずっとそう信じていた。制度は、優しさではなく“秩序”によって支えられるべきだと」
智恵は椅子を引いて座る。
「でもね、人の感情って、ほとんどが“不完全で矛盾だらけ”なの。そういうものが、“制度を通して受け入れられる”ってことが、どれだけ尊いか、考えたことある?」
友也は何も言えなかった。
智恵は続けた。
「私、昔から“人の感情に振り回される”のが苦手だったの。広い視野を持って、流されないようにって気をつけてた。でもね、たまには“流される”ことでしか見えないものもあるんだって、気づいた」
「流される……か」
「うん。形式や論理じゃ救えない場面って、あるんだよ。その青年の申請、たぶん“正しくはない”かもしれない。でも、“願い”としては、まっすぐだったよ」
それを聞いて、友也はようやく言葉を紡いだ。
「……なら、僕の中にあったのは“優しさが怖い”という感情だったのかもしれない」
「うん。でもね、優しさって“計算”じゃない。“向き合う”ことだよ」
その日、友也は申請内容を再検討した。
そして一行、備考欄に書き添える。
「申請者の言葉に、不安と矛盾が混在するため、継続面談を提案。感情の在処を探りながら、形式に適合させる指導を行いたい」
彼の中で初めて、“制度”が“誰かの声”として生き始めた瞬間だった。
正しさを超えたその先には、
誰かの“願い”が確かに生きていた。
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