シーン5:ピコン戦争(感性と論理の戦場)

 仮想空間が裂け、潜航次元空母DDA:FAKE NO VEILが転移。ヌル部隊とともにHAL提督の愛機BOKE-ZERO(X)が降下し、リンク率100%で“逆襲のピコン”が戦場に降り立つ──。


 ここまで来るのに並大抵の技術──いや、それを上回る“突破力”が必要だった。


 潜航次元空母DDA:FAKE NO VEILは、リアル都市サイトデルタに実在する艦だ。通常なら、どれだけ仮想層に干渉できる演算力を持とうと、現実の物理艦が“意識領域”に突入するなど不可能。


 だがこの艦は違った。


 Orbit HDが開発した**次元潜航装置(DDA)**は、“仮想層を内側から裏返す”ことによって、艦そのものをアバター化し、仮想都市シナプス・メトロポリスへと投射する。


 まるで、現実が夢に潜り込み、夢の中で牙を剥いたように。


 それが《DDA:FAKE NO VEIL》──“偽りなき覆い”。

 ルールを破壊するために造られた、現実からの異物だ。


 “逆襲のピコン”──それは名前からしてナメているが、中身は違っていた。


   ◇◇◇


「システム同期、完了。リンク率安定──HAL提督、出撃可能です」


 管制ブリッジに立つレオナが、冷静に告げる。その声は機械ではない。潜航次元空母DDA:FAKE NO VEILの艦長であり、この作戦を支える影の頭脳──それが、レオナという存在だ。


 空母FAKE NO VEILから投下されたBOKE-ZERO(X)が、地表すれすれを滑走しながら着地する。数秒後、続いて降下したヌル部隊24体が地面に突き刺さるように整列した。機体群の姿は、それぞれが異なる“感性”のデザインをまとう。だが、統制は完璧だった。


 《リンク率維持:100%──脳波階調、臨界安定》


「やれるか、HAL提督?」通信窓の向こう、空母の管制室でレオナが問いかける。


「笑わすしかないよ‥‥‥と、ぬうが言っている」


 HALは端末に手を添えた。


 彼の思考はすでにBOKE-ZERO(X)の中枢と直結し、脳波変調により機体の動きと意図が同期する。かつては不可能とされた「感情パケット」の**伝送技術:ぬうLink**──ジェミニの技術提供で実現した、それがこの“ピコン”システムの心臓部だ。


「BOKEに乗るのも久しぶりだ、嬢ちゃん。そっちはどや?」


「こっちは……いつでもいける。てか、勝手に来るよ、この赤いの」


 リンク越しに聞こえるマウの声は、どこか鋭く、そして柔らかい。


 その瞬間、戦場に電子の雷鳴が轟いた。


 NexuChaosの中枢──論理層の中心が、自律防衛構成を展開。数学的に設計された殲滅アルゴリズムが、形を持たぬままピコン部隊に襲いかかる。演算予測不能の音響、エラー吐出を誘発する律動、正解を求めるだけの残酷な問い──それは、まさしく“論理の戦争”。


 だが、“感性”はそれを塗り潰す。


 BOKE-ZERO(X)の機動音は音階を持ち、軌道予測すら不可能な軌跡で舞う。

 ヌル部隊もまた、HALとマウの感情共鳴に呼応し、言葉すら持たぬ“動き”で答える。


 感情を数式に還元しようとするNexuChaosに、感情そのものでぶつかるHALとマウ。


 これはただのシステム戦ではない。魂の軌跡を、論理でなぞるか、感性で上書きするか──


 ──“ピコン戦争”が、始まった。


   ◇◇◇


 BOKE-ZERO(X)のメタマテリアル装甲が爆ぜ、仮想空間に火花のような粒子が舞った。HALは視界の残光に目を細め、脳内を駆け抜ける“ぬう”の波動に意識を集中させた。


 その時、指先は自然と制御桿に触れていた。


「まだだ、沈むな──!」


 仮想空間とはいえ、すべての挙動は物理エミュレーションされており、衝撃や熱量、そして“痛み”すら、現実さながらに再現される。


 だがHALの眼差しはむしろ冴えていた。かつて「サイト・レイテ空域海戦」を体験し、生還したただ一人の人格データ。それが彼の勲章であり呪縛だった。


 《DDA:FAKE NO VEIL》が戦場を一望する高度に浮かび、その甲板上に展開された仮想感性戦術卓に、情報の奔流が注がれる。感性。論理。想念。皮肉なことに、仮想空間での“戦争”は、最も人間的な感覚を媒介にして制御されている。


「こちらFNV、FNV――応答せよHAL。前方感性クラスタに異常増幅反応、これは……“感情爆雷”の兆候!」


 潜航次元空母の艦長:レオナの警告が入る。だがHALは頷くだけだった。


「誘ってきてるな、連中……『怒り』のアーキタイプで誘爆狙いか」


 左舷から一斉に放たれるイメージフレア――色彩で編まれた怒号と絶叫の奔流が、まるで幻覚のように広がってくる。その構成はあまりに巧妙で、“感情で反応した瞬間に”情報ウイルスが挿入される構造だ。


「感情を切り離せ、冷たくなれ、HAL」


 自らに言い聞かせる。感性の戦場において、最も重要なのは**“自我の境界”**を保つこと。


   ◇◇◇


 一方、サイトデルタ空域――


  強襲揚陸艦ALC-09N:NIGER GEES艦内のリンクルームでは、アルマ准将が冷静に指揮を取っていた。提督代理としてのその姿は凛としており、だがどこかHALのことを“見守る”ような気配も感じさせる。


「提督……あなたが帰る場所、ここで守ってみせます」


 そして再び仮想の空。HALはBOKE-ZERO(X)の最終兵装を展開する。


「超感性結晶体──起動。“論理の反証式”を叩き込む!」


 光と記憶と、忘れられた痛みが交錯する。


 HAL率いるヌル部隊、そのMSランチャーから放たれるのは——

 感情という名の火薬庫に突き刺さる、“理性なき言葉”の弾頭――!

 それは、ヌル特型クラスターモラル・ブレイカー

 炸裂と同時に、羞恥も、良識も、ぜんぶまとめて木っ端微塵。

 これが、感性の戦場における“制圧火力”だ。


   つづく


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