タクシーの車内で、異常に群生したシートベルトへがんじがらめにされた友人ふたり。

 なんで、ふたりが?

 疑問、動揺に囚われた纒子はケット・シーを従えるのも忘れて立ち尽くす。


暗がり尖兵ギリー・ドゥ!」

 いち早くギリーを解き放った佑々も、次の瞬間に動きを止めた。

 助けてもいいのか。

 あの日、纒子に言われて初めて気付いたのだ。助けて欲しいか問いながら、頷かなかった相手にどうするのか考えていなかったのを。


 朝夏と宵子を監禁したタクシーミミックは、すぐさまUターン。アスファルトから煙を昇らせて、急発進する。


「佑々……!」

 ケット・シーを解き放った纒子が、佑々に裁縫針を投げ渡す。

「助けて、友達なんだ!」


「……うん! 任せて」

 裁縫針を受け取ったギリー・ドゥが、その膂力を投げ槍の要領で発揮する。投擲、投げ放たれた裁縫針がタクシーのリアバンパーへ深々と突き刺さる。


「おねえさん、これどうするの!」

 強烈な引き。引き摺られまいと踏ん張る佑々へ、ケット・シーが糸を縫い付ける。


絡繰る猫ケット・シー!」

 固定のためのしつけ糸とは違う。裁縫針は、佑々と纒子の衣服をケット・シーの身体へ縫い付けたのだ。


「佑々、踏ん張り効かせてどうすんの。釣りってのは、魚を泳がせるもんでしょうが」

 ブリキのブーツが、瞬く間に糸車ボビンへと変形。タクシーから伸びる糸がピンと張り、佑々と纒子を背に負いながらケット・シーは滑走した。


「ミミックは生き餌しか食べない。間違いないの?」

 ミミックが食べるのは人肉ではなく、人間という存在だ。死体を食べたとして、いくらも飢えは満たせない。


「うん。だから、おねえさんのお友達は、食べられるまでは生きてる。それにこうして、ぼくらが追ってる限りは食べたりできない」

 ミミックは生き物だ。その生態は野生動物と通じるところがある。獣は決して、敵が居るそばでは食事をしない。


「見失ったら終わり」

 この糸は、決して離さない。


 タクシーは纒子たちを振り解こうと、路地を蛇行しながら速度を上げる。対向車のサイドミラーをへし折るほどの、危険極まるハンドル捌き。

 慣性が糸を伝って、ケット・シーの軌道を大きく揺さぶる。鼻先へ迫る、サイドミラーの欠けた対向車。糸車で滑走する猫足が、寸でのところで跳んだ。


「逃がさない!」

 路駐してある宅配便トラックの荷台を蹴って、アスファルトへ着地。糸を巻き取り、タクシーへ肉迫する。

 あと一歩で爪が届こうというところで、タクシーはさらに危ういドライビングを敢行した。


 車体一台がようやく通ろうかという一方通行の横道へ侵入。アクセルベタ踏み、減速を許さない慣性ドリフト。横道を挟むビルの角に、火花が散る。


「まっずい……!」

 ステアリング皆無の糸車へ、糸の慣性に左右されつつコーナーを曲がるだけの能力はない。距離を離されるのを覚悟で、糸を緩めなければならないか。


「おねえさん、そのまま。ぼくがやる!」

 ギリー・ドゥが、ランドセルからリコーダー型バズーカを引き抜いた。両手へひとつずつ、二門のバズーカ砲。砲門を向ける先はタクシーではなく、自らの背後。


「装填楽曲『天国と地獄』」

 気の逸るリズム、足を急かすアップテンポの音圧を推進力にして、山猫が翔ぶ。慣性を振り切る音圧ジェットスラスタだ。


「このまま、追い抜く!」

 狭い路地、左右の壁を蹴る三角跳びの要領で猫足がさらに加速を生む。

 先回り、着地と同時に糸車が百八十°ターン。タクシーの前へ立ち塞がる。進路は塞いだ、しかし退路がある。

 ブレーキを踏んだタクシーがバック走行へ切り替えた。


「逃がさない、佑々……!」

「うん!」

 ギリー・ドゥが、ぐいと糸を手繰り寄せる。路駐してあるバンへ縫い付けておいた糸だ。ギリーの膂力で、力尽くに横道へ横付けする。

 これで退路も塞いだ。進退、窮まる。


「それは、こっちもおんなじだけど」

 タクシーが、アクセルを空吹かし。威嚇を思わす挙動。

 真正面のフロントガラスの向こうへ、ぐったりとした朝夏と宵子が見える。

 逃げるという選択肢のない背水の陣。チキンレースだ。


「ぼくが止める」

 佑々がギリー・ドゥを従えて前に出る。

「でもあんた、大丈夫……?」

 交通事故、佑々から家族を奪い取ったもの。助けてなどと浅慮だったかもしれない。


「だいじょうぶ。今度は、ぼくが……!」

 佑々の昂りに呼応してか、ギリー・ドゥの身体が膨れ上がる。


「ギリー、行くよ。強化外骨格だ」

 ギリーの装備が拡張する。逞しい両腕、手首から肘、肩に掛けてまで物々しいメタルフレームが増強。末端に備えた鋭い針が、ギリーの背骨へ連結する。

「コンパスフレーム強化外骨格“Verバージョン3.14”」

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