6
タクシーの車内で、異常に群生したシートベルトへがんじがらめにされた友人ふたり。
なんで、ふたりが?
疑問、動揺に囚われた纒子はケット・シーを従えるのも忘れて立ち尽くす。
「
いち早くギリーを解き放った佑々も、次の瞬間に動きを止めた。
助けてもいいのか。
あの日、纒子に言われて初めて気付いたのだ。助けて欲しいか問いながら、頷かなかった相手にどうするのか考えていなかったのを。
朝夏と宵子を監禁したタクシーミミックは、すぐさまUターン。アスファルトから煙を昇らせて、急発進する。
「佑々……!」
ケット・シーを解き放った纒子が、佑々に裁縫針を投げ渡す。
「助けて、友達なんだ!」
「……うん! 任せて」
裁縫針を受け取ったギリー・ドゥが、その膂力を投げ槍の要領で発揮する。投擲、投げ放たれた裁縫針がタクシーのリアバンパーへ深々と突き刺さる。
「おねえさん、これどうするの!」
強烈な引き。引き摺られまいと踏ん張る佑々へ、ケット・シーが糸を縫い付ける。
「
固定のためのしつけ糸とは違う。裁縫針は、佑々と纒子の衣服をケット・シーの身体へ縫い付けたのだ。
「佑々、踏ん張り効かせてどうすんの。釣りってのは、魚を泳がせるもんでしょうが」
ブリキのブーツが、瞬く間に
「ミミックは生き餌しか食べない。間違いないの?」
ミミックが食べるのは人肉ではなく、人間という存在だ。死体を食べたとして、いくらも飢えは満たせない。
「うん。だから、おねえさんのお友達は、食べられるまでは生きてる。それにこうして、ぼくらが追ってる限りは食べたりできない」
ミミックは生き物だ。その生態は野生動物と通じるところがある。獣は決して、敵が居るそばでは食事をしない。
「見失ったら終わり」
この糸は、決して離さない。
タクシーは纒子たちを振り解こうと、路地を蛇行しながら速度を上げる。対向車のサイドミラーをへし折るほどの、危険極まるハンドル捌き。
慣性が糸を伝って、ケット・シーの軌道を大きく揺さぶる。鼻先へ迫る、サイドミラーの欠けた対向車。糸車で滑走する猫足が、寸でのところで跳んだ。
「逃がさない!」
路駐してある宅配便トラックの荷台を蹴って、アスファルトへ着地。糸を巻き取り、タクシーへ肉迫する。
あと一歩で爪が届こうというところで、タクシーはさらに危ういドライビングを敢行した。
車体一台がようやく通ろうかという一方通行の横道へ侵入。アクセルベタ踏み、減速を許さない慣性ドリフト。横道を挟むビルの角に、火花が散る。
「まっずい……!」
ステアリング皆無の糸車へ、糸の慣性に左右されつつコーナーを曲がるだけの能力はない。距離を離されるのを覚悟で、糸を緩めなければならないか。
「おねえさん、そのまま。ぼくがやる!」
ギリー・ドゥが、ランドセルからリコーダー型バズーカを引き抜いた。両手へひとつずつ、二門のバズーカ砲。砲門を向ける先はタクシーではなく、自らの背後。
「装填楽曲『天国と地獄』」
気の逸るリズム、足を急かすアップテンポの音圧を推進力にして、山猫が翔ぶ。慣性を振り切る音圧ジェットスラスタだ。
「このまま、追い抜く!」
狭い路地、左右の壁を蹴る三角跳びの要領で猫足がさらに加速を生む。
先回り、着地と同時に糸車が百八十°ターン。タクシーの前へ立ち塞がる。進路は塞いだ、しかし退路がある。
ブレーキを踏んだタクシーがバック走行へ切り替えた。
「逃がさない、佑々……!」
「うん!」
ギリー・ドゥが、ぐいと糸を手繰り寄せる。路駐してあるバンへ縫い付けておいた糸だ。ギリーの膂力で、力尽くに横道へ横付けする。
これで退路も塞いだ。進退、窮まる。
「それは、こっちもおんなじだけど」
タクシーが、アクセルを空吹かし。威嚇を思わす挙動。
真正面のフロントガラスの向こうへ、ぐったりとした朝夏と宵子が見える。
逃げるという選択肢のない背水の陣。チキンレースだ。
「ぼくが止める」
佑々がギリー・ドゥを従えて前に出る。
「でもあんた、大丈夫……?」
交通事故、佑々から家族を奪い取ったもの。助けてなどと浅慮だったかもしれない。
「だいじょうぶ。今度は、ぼくが……!」
佑々の昂りに呼応してか、ギリー・ドゥの身体が膨れ上がる。
「ギリー、行くよ。強化外骨格だ」
ギリーの装備が拡張する。逞しい両腕、手首から肘、肩に掛けてまで物々しいメタルフレームが増強。末端に備えた鋭い針が、ギリーの背骨へ連結する。
「コンパスフレーム強化外骨格“
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