辺りを見回していた纒子が唐突にタクシーへ乗り込むのを目にした朝夏も宵子は、真っ先に尾行を撒かれると考えた。


「タクシー……!」と呼ぶより早く、かたわらに停まったタクシーへ疑問を覚える事もなく乗り込む。


「……どちらまで」と運転手、陰気な声で。

「前の車だ、追ってくれ」

「朝夏、オットコ前ぇ。お金、大丈夫ぅ?」

「ばっかお前も出すんだよ」

「……ひでよ、三人までなら」

「今は柴三郎だろ、ふたり合わせて六千までだ」

 財布の紐を緩めて腹を括ったふたりだが、シートベルトも閉めない内に、纒子と佑々がタクシーから降り立った。


「……降りたな」

「……降りたね」

「そ、そういうわけで。すいませんね、今のはなかったっていうことで」

 こそこそと車を降りようとしたものの、ばたんとドアが閉まる。


「初乗りは、六百二十円です」

「おい……! ぬか喜びのはた迷惑なのはわかるがよ。LINEポイントひとつ払う気はねえぜ」

 朝夏は運転席へ詰め寄る。そこで、はたと気付いた。カーナビの下に飾ってある家族写真。ひどい写真だ。ピンボケなんてものじゃない。まるで、低質な画像生成AIが作ったように輪郭があやふやだ。


「お客さん……」

「だから、客じゃねえって」

「どちらまで」

 運転手は振り返った。どろりと崩れた輪郭、男か女かもあやふやな顔。


「てめえ、なんだその顔は。ハロウィンなら渋谷でやれよ。つーか、とっとと外に出せ」

 朝夏の喧嘩っ早さは、纒子にも引けを取らない。運転手へ掴み掛かる。


「シートベルトは必ず締めて」

 それも虚しく、監禁拘束。おびただしい数のシートベルトが、ふたりを戒める。万力で身体を締め付けるベルトに気が遠くなる。

 その間際、宵子はロック仕込みの声でシャウトを放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る