第26話 レッツパリィ!

 叫び声を上げながら迫る大樹。根を器用にうねらせて歩く姿は不気味そのもので、背後に追加された妖魔達を率いて歩く姿は魔界の行軍を思わせた。


 ゆっくり進んでくる妖魔達に、石垣に控えていた遠距離攻撃主体の冥狩人が一斉に攻撃をする。火矢や炎の妖術が中心なのは『樹木子ジュボッコ』が木だからだろう。


 しかしあまり効果的には見えない。枝葉や花が燃えてはいるが、幹や根に燃え移るには至らなかった。木のくせに……と思ったがふとゲームの事を思い出す。


「火に耐性があったんだっけな、確か」


 ゲームに慣れ始めた第四階層あたりで「見た目と弱点が一致しない」みたいなのが出始めたはず。『樹木子ジュボッコ』も木なのかなと思いきや亡霊系。しかも炎に耐性があって、ホムラを投入すると逆に戦闘が長引くというトラップがあったはずだ。


「ならば伐採と行こうかの。リンネ、ヨシミツそしてゲンゴロウ! 迎えうつのじゃ!」


 ダッと走り出すリンネ達。『樹木子ジュボッコ』も三人が脅威と見做したのか、走りながら攻撃を仕掛けてきた。


「む! 槍か!」


 一番前に出たヨシミツが愛刀『鬼切丸』の鯉口を切ると、目にも留まらぬ抜刀術で何かを撃ち落とす。


 パラパラと地面に落ちるのは木の枝だった。そのどれもが鋭い槍のようなものになっていて、管状になっている。これで突き刺して血を啜るのだろう。


「枝飛ばし程度で某を討てると思うのか!」

「ウォアアアアアア!!」


 『樹木子ジュボッコ』が震え、さらに槍の枝が無数に飛んでくる。ヨシミツはその度に刀を振るって全てを撃ち落としていた。


「ヨシミツばっかり見てていいのかい?」


 ヨシミツの側を通り過ぎるのはゲンゴロウだった。巨大な戦斧『雷切』を担ぎ、そして飛び上がる。


「一息で伐採してやるよ! そうりゃ!」


 一瞬の隙をついて『雷切』の一撃を見舞うゲンゴロウ。これで決まったかと思いきや、


 ガキィィィン!!


 甲高い音を立ててゲンゴロウの戦斧が大きく弾かれた。ゲンゴロウは目を見開いて驚き、バッと飛び退く。


「おいおい……『雷切』でも切り倒せねえ木があるのか」


 斧が当たった場所は僅かな切れ込みが入っただけ。流石にこれには味方全員に動揺が広がっていた。


 ならばもう一撃とゲンゴロウが『雷切』を振り上げたその時。


「なんだありゃ……腕? 腕が生えてやがんのか!?」


 いつのまにか『樹木子ジュボッコ』の幹に巨人の腕が一本生えていた。ググッと拳を作るそれは、力を溜めて今の今ゲンゴロウへと殴りかかろうとしてる。


「立花さん!」

「嬢ちゃん!? 前に出るなあぶねえぞ!」

「任せてください――三ごう戦盾術【殲破せんは】!」


 リンネが『樹木子ジュボッコ』の正面に出ると、構えたラウンドシールドへ霊力を収束させた。


 やがて巨拳が放たれる。


 あんな小さな盾で受けてたところでひとたまりもない――誰もがそう思った、その時。


「ここ!」


 リンネが目を輝かせ、『樹木子ジュボッコ』の拳が盾に接触するその刹那、盾を内側から外側へと弾いた。


 カァァァン!!


 円盾が孕んだ霊力が爆ぜると、巨拳が大きく弾かれた。


 パリィ成功だ。まさかあのリンネが出来るとは。


 ただ彼女の凛とした表情を見て思い直す。彼女は以前、レンマが憑依したスフィンクスに対して一才顔を背けず、囮として立ち向かっていた。明らかな段位の差があって勝ち目がないのにもかかわらずだ。


 あの時ハッキリ感じたものだ。


 その勇気はまさに主人公の資質であると。


 強大な敵にすら目を背けないということは、敵の攻撃をよく見ているということ。


 敵の攻撃をよく見ているということは、タイミングを合わせて攻撃をいなし、そして弾くこともできるということ。


 つまりこの世界の彼女においては――アレが最適解ベスト


「今です!」


 リンネの言葉に応える代わりに再度戦斧を担ぎ、そして踏み込むゲンゴロウ。大きく弾かれて体勢を崩す『樹木子ジュボッコ』に再度渾身の一撃を放つ。


 ガァァァァン!!


 木に斧が当たったとは思えないような音。どちらかといえば、金属で金属を殴ったような音だった。


「チィ! なんちゅう硬さだ!」

「ならば某が!」


 リンネとゲンゴロウを飛び越えて突っ込んでいくのはヨシミツだった。納刀した刀の柄に手を添え、霊力を練り上げている。


「ぬん!」


 乾坤一擲の居合い斬り。


 ヨシミツが剣を抜いた瞬間腕が消え、刀もまた赤熱を帯びるほどに速度が乗る。


 カッ!


 しかしそれでも、『樹木子ジュボッコ』の幹は傷しかつけることができなかった。


「まるで鉄を斬りつけているようだ。せっかくリンネ殿が隙を作ってくれたというのに」

「こいつァ難敵だなぁ。木のように見えて木にあらず、か」

「オッサンの言う通り。コイツは木じゃない。木が戦場の血を啜って変化した妖魔。どちらかといえば木を依代にした亡霊だ」


 後ろで控えているつもりだったが、つい前線に出てしまった。


 この後に控える後半戦と安倍晴明のために極力力を温存するつもりだったが、思ったよりも『樹木子ジュボッコ』の防御力が高い。手助けするならこのタイミングだろう。


「亡霊か。どうりで火も通らねえし、物理攻撃も通じにくいわけだ。オジサンすっかり騙されたな」

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか?」

「リンネ、昨日の鬼島津の亡霊の事を覚えているかい? アレは刀を依代にしていたからこそ、刀が折れて消滅した。ならアイツは木という依代を破壊すればいい」

「しかし秋津那卿あきつだきょう。そうしたいが我らの攻撃が通らないぞ」

「そこが悩ましいところだけど心配ない。俺はアイツの天敵を呼び出すことができる――というより、もう仕込んだ。皆が戦っている間にね」


 右手の人差し指と中指を立て、心の中で「やれ!」と念じる。その瞬間、『樹木子ジュボッコ』が激しく震え始めた。


 その身を激しく捩り何かを嫌がる素振りを見せると、巨人の腕を振り回した上でやたらめったら枝の槍を突き出し始めた。その暴れようは凄まじく、奈落から追加で出てきた背後の妖魔達まで巻き添えにするほどだった。


「シオンさん、もしかしてあのアリさん達の仕業です?」

「御名答。みんな足元を見てみな」


 ホルスターの札を複数掴み、霊力を込めて撒くように展開。すると【アリ】たちの群れがわーッと『樹木子ジュボッコ』に向かって走っていった。


「シロアリの式神……なるほど、硬い外皮の内側から破壊するのか」

「ヨシミツとオッサンが傷をつけてくれたからね。彼らも侵入しやすかっただろ……ほら見てくれ。『樹木子ジュボッコ』の外皮が剥がれ落ち始めたよ」


 ボロボロと崩れ落ちていく『樹木子ジュボッコ』の外皮。花は全て抜け落ちて、枝も端から崩れていく。足代わりの根も腐れ落ちた。


 やがて剥がされた外皮の中から現れたのは、幹の中に隠れていた『樹木子ジュボッコ』の本体。それは木の中に埋まる、上半身だけの真っ赤な巨大骸骨だった。


 戦場の血を啜り、木に宿った無念の塊。ゲームで見た時よりもおどろおどろしい形をしている気がする。


 樹液に溜め込んだ血と怨念が混ざりそして固まっているのだとしたら、この世界の『樹木子ジュボッコ』の正体とは怨念の琥珀とも言えるかもしれない。


「キィィィイイイイイイ!!」


 金切声を上げる『樹木子ジュボッコ』の本体。バキバキ、と幹から体を剥がすようにして出てくると、ガァンと拳を打ち鳴らしてファイティングポーズを取った。


「アレなら攻撃が通る。一気に押し込むんだ!」


 リンネ達がダッと走り出す。『樹木子ジュボッコ』の本体はかかってこいとばかりに吠えると、その真っ赤な腕を裏拳で薙ぐようにして振り回す。


「【殲破せんは】ッ!」


 裏拳が先頭を走るリンネに当たるその瞬間。輝いた円盾が朱に染まる骨の拳を弾いた。


 大きく弾かれた裏拳。もう一度殴ろうしているのだろうが、リンネの【殲破せんは】の効果なのか拳を弾かれたまま体が硬直していた。


「捉えた!」


 その弾かれた腕にヨシミツが斬りかかる。


 スパァン!


 気持ちのいい音と共に吹き飛ぶ赤い骸骨の腕。さっきとは違ってヌルッと刃が通った。


 『樹木子ジュボッコ』は苦悶の声を上げながら残った腕を縦に振りかぶり、そのまま握った拳を木槌の要領で振り下ろそうとする。


「【殲破せんは】ぁッ!!」


 ヨシミツと入れ替わるように前に出たリンネが、三度赤い拳を弾き飛ばす。甲高い音を立てて弾かれた拳は、振り下ろされた軌道をなぞるようにして打ち上げられた。


「吼えろ『雷切』ッ! 三ごう雷神術【巌断イワオダチ】!」


 バリバリバリ、とゲンゴロウの戦斧が雷の力を纏う。そのまま落雷の如く真っ向両断に振り落とすと、強い稲光のような閃光を放った。


 バァン! と落雷に似た音と共に、左肩から根本に向かって真っ直ぐに切り落とされる『樹木子ジュボッコ』。この一撃が決定打になったのか、紅骸骨は激しく身悶えした後、ポロンと頭蓋骨を落として動かなくなった。


 これにて決着――と、背後の冥狩人達が歓喜に沸いたその時。落ちた頭蓋骨がカタカタと笑ったかと思えば、地面に現れた転送陣へ沈むように消えてしまった。


「一時撤退か。まあよい、よくやった勇士達。一旦下がると良い――さあ皆の者! 残るはあの魑魅魍魎の軍団だけじゃ!」


 シラタマがそう言うと、背後の冥狩人達が待ってましたとばかりに武器を構え始める。シラタマがもう片方の手で拡声妖術の霊力陣を展開すると、スゥーッと息を吸い込み、そして叫んだ。


『全軍突撃!』


 トモエの里に響く大音声と共に、冥狩人達が一斉に走り始めた。今月の頭目を失った妖魔達は結界付近で浮き足立っている。数こそ多いものの、これなら間違っても負けるなんてことはないだろう。


「シオン、皆を率いて先に転送陣から温泉街に向かえ」

オサはどうするんです?」

「本音を言えば今すぐにでも奈落に行ってあの腐れ外道の頭から齧ってやりたい。じゃがワシは神渡みわたりの総大将じゃ。ここが落ち着くまでは離れられぬ」

「ならこちらはお任せいたします」

「いいかシオン。あの腐れ外道の命もできれば取ってきてほしいのじゃが……最大の目的はトヨじゃ。必ず助けるのじゃぞ」


 シラタマに見送られて俺たちは大広場を離れる。そのまままっすぐ神渡に向かい、転送陣を通って温泉街――


「あ! きた! おにーさん!」


 転送されたその瞬間、眼前に爆乳が迫っていた。

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