第27話 枯れ桜と鬼
具体的には飛びついてきたヒスイが勢い余って胸を俺の顔に押し付けてきた、なのだけど。
「ちょ、ヒスイ! 落ち着け!」
「これが落ち着いてられっかよ。
おい端々に現代語どころか英語が混じってんぞ。世界観を守れ――ああいや違う、龍語だ。そういう事にしておこう。
「とりあえず離れてくれ……こっちはどう? 結界とか破られてない?」
「大丈夫! 今日のは気合いを入れておいたから。妖魔なんか触れただけでジュッって消えるぜぇ!」
「流石だね。すぐ出発したいんだけど補給品は用意してあるかい?」
「もち! それとあーしらからのサプライズもあるぜぇ!」
こっちこっちと手を引かれてやってきたのは、主街道沿いに出来ていた真新しい建物。一面だけ壁のある柱と屋根だけの建物の中には、長細い温泉が何列もある。
温泉と言っても脱衣所があるわけでもなく、下駄箱があるだけ。壁には神渡の連絡やその他張り紙広告スペースの他、「今日の効能」と書かれた札が下げられていた。
「もしかして足湯?」
「そ。こんな時に温泉入れないだろうからさ、チャチャっと入ってあーしの加護を授けようかなって思って」
いえーいと時代錯誤のピースをむけてくるヒスイ。それをありがたい仕草だと勘違いしているのか、側にいた風魔衆もいえーいとピースをしてきた。いつか訂正してあげないといけないなこれは。
「おっ! これすげえ気持ちいいぞ!」
「あっホントだ! カツミお姉ちゃんもこっちこっち!」
「あ“〜〜〜〜ほんとだ生き返るぅ〜〜〜〜」
早速三姉妹が草鞋を脱いで足湯を堪能している。それに続けとヨシミツとゲンゴロウが入ると、二人もまた「あ゛〜〜〜」と声をあげていた。
「気持ちいい……何より霊力が漲ってきますね」
「本当だ。全身浴とはいかないまでも効能がしっかり入ってくる」
「スゲーっしょ。ビビッと降りてきたんだよね」
『まあその発想を降ろしたのは私なんですけどね。この世界の歪みを正す貴方達へささやかな贈り物です』
「んなっ!?」
いきなりの
(急に話しかけてくるなよ。ビックリするだろ)
『今更じゃないですか。それに言ったはずですよ。温泉に入れば通信が回復するって』
(そりゃそうだけど)
『……話しかけてくれなくて、あまちー寂しかったんですからね?』
一人称あまちーなんだ
突っ込みたくなったがグッと我慢した。
(どうせ何を聞いても「答えられません」だろうし、そもそも辻斬り騒ぎで温泉どころじゃなかったからな)
『でも寂しかったんですけど?』
(じゃあ今後なるべく来るから色々教えてくれよ
『お答えできません』
(ほらみろ)
『仕方がないですよ……私だって……くすん』
(神様が泣かないでくれ。それより何の用事だ)
『禁則事項だらけで何も言えないのですけれども……それでも私が言えることだけは伝えたくて』
(伝えたいこと?)
『あなたの思う通り、トヨちゃんを助けてあげてください』
思考での会話とはいえ、言葉が詰まった。ここでトヨの名が出てくるとは思わなかったからだ。
『貴方が
(彼女の救出が、俺の生き残る鍵なのか?)
『それもお答えできませんが……私の言いたい事はそれ以前の問題』
(?)
『貴方の歩む物語は過去も罪も関係なく、決断が道筋を描く。おそらくそれが
(決断が……)
『貴方はこの世界の命運について多くの道筋を知っています。ですが、今の貴方は道筋を作ることができる。だからどうか迷わずそして惑わされず、心の陽を信じて進みますように』
(何故今になってそんな事を?)
『これでも貴方を遣わした神ですから。心に少しでも迷い、曇りがあるならばそれを晴らす後押しをしたいだけです。なんせ太陽神ですからね。根暗ですけど』
「シオン様? 大丈夫ですか?」
「え〜? お兄さんもしかして湯あたり? ちょっと熱かったかな?」
心配そうに顔を覗き込んできたのはレンマとヒスイだった。見ると他の連中もこっちを見て怪訝な顔をしている。
どうやら神様との会話はここまでらしい。案の定、それから脳内でいくら呼びかけても
足湯を出て百式の窓を確認すると、自身のステータスに『龍の加護・デカ盛り』なるものがついていた。霊力や運動能力にブーストがかかっているらしい。なるほど確かに体の調子がいい。
それに
この件が終わったら、ちゃんと温泉に行って構ってやろうか。
――あっ。
そうだ。
ここでもちょっとした保険をかけておこうかな。
「風魔の子達、ちょっと来てくれるかな」
「「「はい! お館様!!!」」」
そう言うとワッと集まってきた風魔衆たち。なんか思ったよりも集まってきたし、何かを勘違いしたのか脱ぎかけている子もいる。クロミツも案の定脱ぎ始めた。レンマも勘違いして顔が茹で上がっている。
「違う違う違う。そうじゃないそうじゃない」
「わっちてっきり決戦前のお慰みかと」
「レンマちゃんと教育してくれ……コホン。みんな急で悪いけど握り飯作ってくれないかな。今から出撃する皆に持たせてくれ」
「あんだよ何が始まると思ったら握り飯かよ。アタシはいらねーぞ」
「違う違う。俺たちじゃないよホムラ」
「?」
「そのうちわかる。とにかくみんな握り飯を各自持っていってくれ。多分これが最後の切り札になるだろうから」
⭐︎
第四階層はちょうど温泉街のあたりで断崖絶壁になっていて、そこを降りて進むと第五階層への扉へと辿り着く
扉があるのは広大な花畑の中にポツンと立っている巨大な前方後円墳のような建造物。扉前広場はいかにも儀式で使われるかのような広場が広がっていた。
本来ならその広場の中央に百鬼夜行の最終戦としてあの『
『
見たこともないトラ耳の女性だ。傍に突き刺してある大剣もその露出度の高い鎧もトヨのものそっくりなので、一瞬彼女かと思ったがそうではなかった。
凛々しい顔に流れるような黒の長髪。母性を感じさせる大きな胸にはトヨと同じ数珠が襷掛けにされている。くびれのくっきりした腰回りだが、遠目でもわかる割れた腹筋にしまった体。明らかに只者ではない女性は俺たちが広場に立ち入るとゆっくりと目を開けて立ち上がり、大剣をかついだ。
「トヨちゃんじゃ……ない? シオン様、あれは一体」
「わからない。でも昨日の亡霊にソックリな気もする」
「御名答。そこにいるのは鬼島津だ」
フワッと鬼島津の上空に現れたのはまたしても
「問題なく参られたな後輩殿。重畳だ」
「トヨはどこだ」
「心配せずとも生きているし、
「何を言って――」
「キエエエエエエエエエ!!」
話が終わる前に絶叫と共に飛びかかってくる鬼島津。
あまりにも突然の事で反応が遅れた。
「シオンさん!」
ガキィィィン!!
衝突音。
リンネが咄嗟に前に出て鬼島津の一撃を打ち払ってくれた。もうすっかり剣と盾が板についている。
リンネによるパリィ自体は成功――かと思いきや、鬼島津は硬直する事なく飛び退いて距離を取った。
「嘘……【
「おい見てみろ! 鬼島津の輪郭がブレてんぞ!」
ホムラの言う通り鬼島津の実体だと思っていた体にザザッとノイズのようなものが走る。
一瞬だけ、トヨの体が現れた。
かと思えば、胸の襷掛けの数珠が輝くとまた鬼島津の体に戻る。
何が起こっているのか理解して全身が泡立った。
「
「形だけ見ればその通りかもな。だが――」
「このクソ野郎!!」
会話が終わる前に、激怒したホムラが突っ込んでいった。鬼島津が剣を構えるが、その突撃の前に大きく飛び上がった。うねるような霊力が怒りと混ざり合い炎と化し、ホムラの朱槍が激しく燃える。
「くたばれええ!」
「ぬん!」
朱槍が突き出されるその瞬間、
朱槍と防御陣がぶつかり、激しい火花が舞い散る。
ホムラはそのまま空中で二、三と立て続けに渾身の突きを放ったが防御陣を砕くことはできなかった。
「クソ!
「我の事より背中を気にした方がいいぞ?」
「……げ! 鬼島津が――」
「ホムラ殿!」
着地の瞬間を鬼島津が狙っていたが、そこに飛びかかったのはヨシミツ。鬼島津はすぐに振り返るとヨシミツの目にも留まらぬ斬撃を全て受け止めたどころか、その斬撃の合間を縫って大剣による突きを放った。
「ぐう! 某の剣を避けるどころか反撃までッ!」
ヨシミツが愛刀の『鬼切丸』の峰を使って大剣の突きを逸らす。ギャリギャリギャリと火花を散らしているあたり、相当な勢いだったに違いない。
ヨシミツがそのまま反撃しようとした刹那、鬼島津がいきなり持ち手を変えた。
まさか大剣の腹でヨシミツの顔を引っ叩くつもりか。
引っ叩くと言っても鉄塊だ。殴ればヨシミツの顔は破壊される。
「ヨシミツ!」
着地したホムラがヨシミツを助けるために突撃するも、それを読んでいたかのように剣を引く鬼島津。ホムラが朱槍で突くが、ここで信じられないことが起きる。
ダン、という音と共に、突き出された朱槍を鬼島津が踏んで押さえていた。
「バカな。槍の穂先を足だけで押さえただと。ホムラ殿の突きだぞ!?」
「ふざけ……やがって!」
ブン、と朱槍をカチあげるホムラだが、その勢いを殺さずにフワッと空中に飛ぶ鬼島津。そのままクルッと宙返りをすると、音もなく着地した。
「チクショウ、あんなクソ重い剣を持ってるのになんて身軽なんだ」
「ホムラ殿、相手はトヨ殿ではなく鬼島津だ。並大抵の使い手ではないぞ」
「その通り。そしてお前たちの相手は彼女だけじゃない」
瞬間、鬼島津の周囲に輝く梵字のようなものが大量に浮かび上がる。その文字が地面に落ちると、文字が人の肩幅ほどの穴が次々と現れた。
穴から出てきたのは死体だった。
武家や商人、それに陰陽師と身分も年齢も様々。冷凍保存でもされているのか肌は青ざめてはいるものの、その身体は比較的綺麗なものばかりだった。
「あれは肥田屋!?」
奥に見知った顔がいる。おそらく獄中生活でやつれたのだろうがあの顔は見間違えるはずもない。
「フフ、ここからが我が反魂の術の真髄よ」
烏羽の陰陽師がさらに印を結ぶ。
するとどうだろうか。死体だったもの達が一斉に屈強な甲冑の鎧武者たちに変わった。皆虚な表情だが、殺意だけが滲み出ている。
誰も彼もが虎耳で、手にはトヨの持つ大剣。その柄には遠目でもわかる
――あの野郎!
死体を薩摩ドワーフの依代にしやがった!
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