第21話 虎穴にいらずんば

 カツミが襲われてから数日後、神渡みわたりの奥殿。


 シラタマの前にはカツミを除く上位冥狩人くらがりびと、つまり真田ホムラ、最上ヨシミツ、立花ゲンゴロウにリンネ。そして俺とトヨが集まっていた。


 カツミが斬られてからというもの俺たちは毎晩街中をくまなく捜索していたのだが、犯人の足取りは一向に掴むことができないでいた。


「ここまで見つからねえとはな。おいシオン、風魔使って捜索できないのかよ」


 とホムラ。俺は肩をすくめて答えた。


「レンマ達が捜索しても見つけられなかったんだ。辻斬りの現場を見た風魔の子もいたけど、煙のように消えたらしい」

「風魔でも追えねえのかよ……」

「実はオジサンも辻斬りを見かけたんだがな。斬りかかる前に察知されて雲隠れだ」


 はぁ、とため息をつくゲンゴロウ。珍しく呼気に酒の匂いがしない。ここ数日酒断ちをして捜索に集中していたらしい。


「某も辻斬りらしき人影を見たが、やはり逃げられてしまった。あれは術や忍びの技ではないな。どちらかといえば亡霊系の妖魔がフッと消えるように見えた」

「実は私も……」


 ヨシミツの言葉に続いておずおずと手を挙げるのはリンネだった。


「辻斬りみたいな人は見ました。灯篭の影でよくわからなかったんですが……」


 チラチラとトヨを見る彼女の言いたいことはわかっている。


「虎の耳があった?」

「……はい。トヨちゃんのと同じのです」

「んあ〜やはり薩摩ドワーフの誰かが迷惑をかけているようですね〜どうお詫びいたしたら良いか〜」


 トヨはますますしょんぼりした顔になっていった。虎耳は萎れて、虎の尻尾もクタッとしている。


「念のために言っておくけど犯人はトヨじゃないからな。彼女に余計な疑いがかからないようにここ数日は俺の家にいさせた。レンマの部下が証人になっているよ」

「最初から疑ってはおらぬよシオン――してトヨ、島津家からの連絡はどうじゃった?」

「ツネちゃん……あ〜、島津当主からの連絡ですが〜誰も薩摩の国から出ていないと連絡が来ておりました〜」


 トヨの「ツネちゃん」というのは多分、正史で言う関ヶ原の後に島津家を継いだ島津忠恒ただつねの事。


 鬼島津として名高い島津義弘しまづよしひろ――この世界でいうトヨの伯母上様だ――の三男坊で、長男と次男が死亡したため受け継ぐつもりがなかったのに島津家を受け継いでしまった者だ。


 史実では蹴鞠フットサル美女ネーちゃんを愛する絵に描いたようなボンボンで部下に横暴だったと伝わっている。創作では密輸などを手掛ける悪者として書かれているが……?


「ふぅむ……トヨや。ご当主はその、何というか。とても失礼な事を言うかもしれないが、おるか?」


 シラタマが言葉を選んでそう言った。その心は「島津ツナはちゃんと家臣の手綱を握れる良い君主なのか?」ということ。別に史実でなくとも「継ぐつもりもなかった三男坊」と来ればその辺りは誰でも気になるところだ。


「ちょっと前までイヤイヤとしていましたけど〜トヨがメッて叱って話し合ったら、今は立派な当主様ですよ〜」

「トヨ、具体的にはどんな風に話し合ったの?」

「一晩中殴り合ってはなしあっておりました〜トヨが勝って〜立派な当主になるって約束してくれました〜。ツネちゃんは昔からなので〜時々こうしないと暗君になってしまいます〜」


 興味本位で聞いてみたら想像の100倍物騒だった。薩摩ドワーフおっかねえ。


「そ、そうか。トヨがそう言うならそうなのじゃろ。信じよう」


 シラタマの顔がヒクついている。流石の千年妖狐も一晩中殴り合って当主を説得させた事案は聞いた事がないらしい。


「でも、その時に約束したのです〜……ツナちゃんの母上でもある伯母上様の死は、一体どういうものだったのか。それを知り島津へ持って帰るのが、トヨの目的なのです〜」


 多分、いままで当主の事を言わなかったのは家の恥になるから。


 そして今の今、こうして腹を割って話してくれるのは俺たちを信頼してくれている証拠なのだろう。


「ということはだ」


 話を元に戻すぞ、と言わんばかりにゲンゴロウが口を開く。


「辻斬りは何かの理由があって薩摩ドワーフを騙る者だ。東軍でもなく西軍でもなく、島津に泥を塗ろうとする奴。最近それに心当たりがあるっていやあ……安倍晴明あべのせいめいだな」

安倍晴明あべのせいめいって、シオンさん達が第三階層で出会ったっていう……トヨちゃんと因縁があるって言ってたアレですか?」


 リンネが確認するように聞くと、おうよ、とゲンゴロウが頷く。


「だが立花殿。なぜ辻斬りなのだ? トヨ殿を貶める為に何故街の人間を襲う?」

「わからねえが、カツミちゃんを含めて被害者はみんな霊力を吸い取られてた。術師に霊力とくりゃあ、何か大きなコトをする前触れって考えられねえかな」


 ゲンゴロウの言うとおり、被害者はなまくら刀で斬られた後霊力を著しく吸い取られていた。死亡者もほぼ刀傷ではなく霊力欠乏によるものが主な死因らしい。


「何かを成すための辻斬り。薩摩ドワーフを騙るのはもしかして、トヨを誘い出す為か?」

「もっと言やあ『孤立』だな。虎ちゃんには酷なコトを言うが……街の皆が虎ちゃんを怖がり始めた。ついでに兄ちゃんの家を伏魔殿ふくまでんみたいに言うヤツも出てきたぜ」

「アタシも聞いたぜ。シオンが夜な夜なおトヨに人を斬らせて、その死体を式神の実験に使うってな」

「シオン様は! そんな人ではありません!」


 トヨが叫んだ。悔しそうに唇を噛んでポロポロと涙を流している。ただでさえ薩摩ドワーフの名が辱められているのに、ここにきて爆発してしまったようだ。


「わかってるよ虎ちゃん。兄ちゃんもそんなコトはしねえよ。ツラは悪人だがな」

「一言余計だよオッサン。けどわざわざ騙るってコトはそういう意図があるってコトだ」

「霊力を集め、薩摩ドワーフの名を辱め、連鎖的にシオンへの憎悪を煽るように仕掛ける、か……ならばヤツの狙いはシオンとトヨということじゃな」


 シラタマの推測は当たっていると思う。さらに新月の数日前に仕掛けてきたのを見るに、神渡みわたりが浮き足立つことも同時に狙っている。


 集団は外部からの敵には強いが、内部崩壊がとにかく怖い。このまま新月の夜にトヨが参戦したとすれば、それこそ疑心暗鬼で背中を刺されかねない事態にもなる。


 広がっている噂を鑑みるに、冥狩人くらがりびとでもトヨを見たらヒステリックを起こす者も出る。それこそ、友の仇と言わんばかりに刀を抜く者も出るかも。


「あのクソ野郎は制限時間を設けたんだ。新月の前夜、つまり今晩二人だけで辻斬りに会えってよ。でなけりゃ明日は浮き足立ったまま百鬼夜行を迎えることになる――そういう時の合戦は必ず悲惨な目に遭うって父上に教えてもらったぜ」


 大きなため息をつくホムラ。流石は兵法者の父を持つだけあって、今の状態の危険性がしっかり見えているようだ。見た目は鬼のヤンキーなのにね。


「シオン様〜トヨはどうすればいいのでしょう〜」

「囮になるしかないみたいだ」

「囮〜?」

「狙いはトヨと俺。二人きりで出ていけばあっちからやってくると思う。でしょうオサ?」

業腹ごうはらじゃがな。それしかないとみる」


 と、俺の意図を察したシラタマははぁ、とため息をついた。ホムラもヨシミツもゲンゴロウもそれしかないだろうと頷いていたが、相変わらずリンネだけは「?」という顔で首を傾げていた。


「この人数で探せばすぐに見つかると高を括っていたのが仇になってしもうた。いつの間にか新月は明日じゃ。とにかく時間ときが無い。シオン、今夜から出てくれるかのう?」

「もちろん。トヨちゃん、寝る時間が遅くなるけどいいかい?」

「大丈夫ですよ〜! トヨこれでも戦場では三日寝なかったことがあるので〜!」

「アタシらはどうする?」

「ホムラ達は神渡みわたりで待機じゃな。余計な警戒心を抱かれても困るし、ここは街の中心じゃからどこへでも急行できるじゃろ」

「心得た。あとオサ、リンネ殿が……」

「うん? あー……正気に戻ったらワシが優しく説明してやる」


 リンネを見ると思考停止の顔でホケーとしていた。大人の会話について来れなかったらしい。「一足す一は?」と聞いたら「お味噌汁!」と返ってきそうな、そんな顔だ。


 大丈夫か主人公。


 この先もっと理解の及ばない事が降りかかってくるぞ。



 ⭐︎



 一旦家に帰ってレンマ達に囮の話をすると、彼女達は意外にもこの作戦を嫌がった。何度説明してもヤダヤダ一緒に行くお守りするの一点張りだ。


「忍びの喜びは主人の影を忍んで歩くことにございます! もし二人に何かあったらこのレンマ、耐えられませぬ!」

「わっちも!」

「オラも!」

「僕も!」


 そんな事言われても。


 気持ちは嬉しいけれど、多分敵は風魔の気配を感じた時点で相手はいなくなってしまう。何とか説得に説得を重ね、最終的には緊急時にのみ馳せ参じるのでほっぺに接吻チューしてくれたらいいと言い出した。


 仕方ないので一人ずつ、頬に軽〜ぅくキスをしてやったらそりゃもう四人とも満足げな顔になって、


「「「「お館様、どうかご武運を」」」」


 なんて玄関で三つ指をついて見送ってくれやがりました。


「んふふ〜」


 夜の街をトヨと歩く。彼女は最初こそ剣士の顔で緊張していたが、唐突にゆるキャラモードになって微笑んでいた。


「どうしたんだい?」

「いえ〜シオン様と風魔衆の関係がとても微笑ましくて〜。あんな主従見たことがありませんから〜」

「微笑ましいねえ。俺はちょっと甘やかしすぎかなと思ってるんだけど」

「どこか伯母上様とその部下達との関係にも似ている気がして〜昔を思い出すのです〜」

「鬼島津と似ているか。それは光栄だね」

「……だからトヨは信じられないのです〜。あれだけ団結している薩摩隼人が狼藉ろうぜきを働くだなんて〜」

「きっと敵の罠だよ。今日それがハッキリするかもしれない」


 夜の街を歩いてしばらく。人通りの少ない武家屋敷の並ぶ地域、白い塀で区切られた区画。灯篭が等間隔に立つ広い道の真ん中に、そいつは佇んでいた。


 その姿は報告通り、リンネくらいの背丈で女性らしいシルエット。頭の上にはトヨと同じトラ耳があり、腰まで届く長い髪がサラサラと夜風にたなびいている。


 手には薄暗がりでもわかるくらい錆びた刀。柄はなく、その中に納まるはずのナカゴと呼ばれる部分に粗雑な布が巻かれているだけ。


 ――あの刀、どこかで見たような?


「あ……ああ……嘘……そんなはずは……」


 辻斬りと対峙してすぐ斬りかかるはずだったトヨが、大剣をポロリとこぼした。腹が減って動けなくなっても手放さなかったそれを、いとも簡単に落とすなどとは。


「トヨ、知り合いか? やっぱり薩摩ドワーフなのか?」

「う、うぅ〜な、何故……何故でございますか〜。成仏せずに。トヨが不甲斐ないあまりに」



「どうして今現れたのですか! 

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