第22話 鬼島津の亡霊

 耳を疑った。


 伯母上様、とそう言ったのか。


「生きておられたのですか……」

「いやトヨ。そうとは限らないぞ」


 彼女のいう伯母上様……いや、もうこれは鬼島津の亡霊と呼ぶべきか。亡霊系妖魔特有の青白い霊力の揺らぎが見える。


 それに足元がうっすらと透明感がある。表情も硬く、そこには何の感情もなかった。


 ただ、スーッと刀の切先を向けた時。明らかな殺意が向けられた。鬼島津の亡霊からブワッと放たれるそれが道を覆い尽くし、張り詰めた空気になる。


「やめて伯母上様。何故迷って出てきたのですかっ!」

「――――――」


 鬼島津の亡霊は答えない。代わりに刀を立て、握り手を顔に寄せる構えを取る。トヨも使う薩摩ドワーフの構えだ。


「話を聞いてくだ――うっっっ!!」


 トヨが言葉を言い切る前にしゃがみ、落ちた大剣の柄を握る。


 ガキィィィン!


 目の前に火花が散った。


 ほとんど瞬間移動のような速度で斬りかかってきた鬼島津の亡霊の一撃を、トヨは振り上げた大剣で受け止めていた。


「こっ、この力……! あなたは本当にっ」


 信じがたい事が起こっていた。質量的にはどう見てもトヨの大剣のほうが上なのに、たかだか六〇センチにも満たない刀がぐぐぐっと押し込んでいる。


「くっ……ああああああ!」


 ギャリィン!


 咆哮を上げるトヨが、大剣を斜めに逸らし切先を地面に突き刺す。亡霊の刀が火花を散らしながら、トヨの大剣を滑り落ちていく。


「いやあああああああ!」


 トヨがとん、と飛び上がると柄を掴んで亡霊へ飛び蹴りを放つ。体が流れた亡霊の顔面にクリーンヒット……するかと思いきやトヨの蹴り足は空を斬った。


「消えた!? 伯母上様!?」


 ――カチリ。


 流れたはずの刀が地面につく直前、ひとりでに刃が上に返る。そして再び現れたのは、刀を下段から斬り上げようとする亡霊だった。


 今、トヨの体は空中へ投げ出されている。このまま斬り上げられたなら、いくらなまくらだとしてもダメージは免れない。


「守れ、【七節ナナフシ】!」


 亡霊が刀を振り上げようとしたその刹那、トヨに随伴させていた【七節ナナフシ】が姿を表し、そのまま刀へ拳を放った。


 期待していた衝突の音はしなかった。


 亡霊の刀をへし折るつもりだったが、亡霊が斬撃をいきなり止めて大きくバックステップ。距離をとって仕切り直したあと、再びあの刀を立てる構え方になる。ただし俺の式神を警戒しているのか、じっと俺たちの様子を見ていた。


 ……今の反応は何だ?


 まるで刀へのダメージを嫌がったような?


「大丈夫かい?」

「助かりましたシオン様〜。あんな風に動くなんて予想もつきませんでした〜!」

「奈落にいかないと亡霊系妖魔とは戦う機会もないはずだからね……それはそうとトヨ、あれはやはりなのかい?」

「はい〜……姿形だけでなく、太刀筋まで伯母上様です〜」

「だとしたら本人の亡霊と思って間違いはなさそうだ」


 ググッと沈み込む鬼島津の亡霊。これ以上の詮索は不要だと、そう言っているようだ。


「試したい事がある。ちょっと茶々を入れさせてもらうよ」


 指を鳴らす。闇夜に乗じて現れたのは巨大な蜂。俺の二ごう式神術【雀蜂スズメバチ】だ。二人が衝突している間に展開していた。


 背後から突撃させてみるが、【雀蜂スズメバチ】の尾の先にある槍の穂先のような針は亡霊をスーッと通過した。亡霊も全く反応を示さない。


 だが刀を狙った最後の一匹だけは振り返って切り飛ばすと、【雀蜂スズメバチ】は真っ二つになり、燐光をあげて夜に溶け込むように消えてしまった。


「な、何で最後の蜂さんだけ〜?」

「普通亡霊系妖魔は物理攻撃は利かない。嫌がる素振りすら見せないはずだ。だけどあの刀に攻撃をしようとすると反応を示す」

「もしかしてアレが本体というわけですか〜?」

「別の見方もある。アレに鬼島津の魂が囚われて――」

「あああああああああああ!!!」


 話が終わる前にトヨが突進していった。最後まで聞かないでも理解したようだ。


 ――彼女の語る伯母上様の話は、まさに母を語るような顔だった。


 本当の親子でも無いのに深く愛し、尊敬し、そして死に別れてしまった。せめてその死に際を、武人として目に焼き付けて故郷に持ち帰りたかったはずだ。


 だが記憶が消えている上に、こうして亡霊として現れた。その心中は深い悲しみに覆われていたに違いない。


 それでも泣き崩れずに、剣を振るう彼女はやはりゆるキャラでもなんでもない。薩摩ドワーフの剣士なのだ。


「チェストオオオオオオオオオ!!」


 トヨの大剣が振り下ろされる。勢いに乗ったその切先は、トヨの霊力に呼応してか赤熱するように赤く輝いている。


 ドッ! という音と共に地面が弾ける音。土埃が舞い上がり、大剣が振り下ろされた場所には小さなクレーターができている。


 トヨが何かを察知してバッと背後へと飛ぶと、彼女の引きざまに襲いかかるのは刀の一撃。ヒュン、と振り下ろされる刃がトヨの前髪を何本か切り飛ばす。


「うぅ……か、完全に伯母上様だっ!」


 トヨが側にやってくると、すぐさま剣を立てて構えるも耳が少し垂れていた。怯えているのだろうか。


「トヨ、まだ戦えるかい?」

「む、難しい相談です〜……伯母上様はトヨのお師匠様なので〜トヨの太刀筋なんか目を瞑っても避けられるはずです〜」

「……流石ってところか。じゃあ遠慮はいらないね」

「シオン様〜?」

「トヨの事を思って極力手を出さないとは思っていたんだけれど、君だけで勝てない相手とならば仕方がない」


 鬼島津の亡霊が再び突っ込んでくる気配を見せたが、ピタリと前傾姿勢を止めた。


「気付いたみたいだね。でも俺は容赦ないよ」


 逃げられる前に「やれ!」という命令を念じたその瞬間。


 轟音と閃光が、鬼島津の亡霊を飲み込んだ。


「なななな何ですかぁ〜!?」

「トヨの背中に三ごう式神術【ホタル】をくっつけてた。君が飛び退いた瞬間、空中に何匹か待機させていたんだよ」


 トヨが不思議がるのでまだ待機させていた一匹に挨拶させる。肩まで登ってきた【ホタル】の一匹が「やあ!」と前足をあげていた。


「でっですが〜伯母上様はあの程度では止まりません〜! 薩摩ドワーフは焙烙玉ほうらくだまの破裂する中を駆け抜ける胆力があります〜!」


 史実でも「肝練り」と称して天井から吊り下げた火縄銃をぐるぐる回して、それを囲って飯を食べていたとは聞いたしネットミームにもなっていた。


 だからこそ、それ以上の事があると想定できた。


 トヨの言う通り煙の中から躍り上がるのは鬼島津の亡霊だった。どうやってあの爆裂の中をなまくら刀が折れずにいたのか。


 ふと土煙が消えた場所を見ると、小さな穴が開いている。霊体が思いっきり地面に突き刺して爆風を逃れたとか、そんな感じだろう。


「シオン様離れて! 斬られてしまいます!」

「慌てなくていい。【雀蜂スズメバチ】!」


 ブゥンという音に亡霊も気がついたようだ。先ほど斬られなかった【雀蜂スズメバチ】が刀へと突撃していく。甲高い音を立てて蜂の針を避ける亡霊は、こちらへの攻撃どころではなくなっていた。


 すぐさまホルスターへ手を伸ばそうとするが――。


「到着したかな」

「へぇ? あ! そういえば〜!」


 トヨは思い出したらしい。レンマたちが一緒に行くと駄々をこねて、妥協案で「緊急の際は駆けつける」と言っていたことを。


 その合図は示し合わせていなかったが、戦闘の音、もっと言えば【ホタル】が爆裂した音で気づいてくれたのだろう。


「シオン様!」


 目の前に降り立ったのはレンマだった。側にはヒビキとクロミツも控えている。


「風魔衆、辻斬りを取り囲みました!」


 見上げると塀の上や武家屋敷の奥にも風魔衆の姿がある。指揮を取っているのはコマだろうか。


 流石にこれは叶わぬと逃げようとする亡霊。消えようとするも、唐突に虚空へ刀を振るった。


 カァン! と甲高い音と火花を散らす。


 側に落ちたのは鉄片――いや、手裏剣の残骸だ。そこから無数に飛来した手裏剣を亡霊が切り落としている。


 それを見ているうちに何となく、今まで見つからない理由が理解できた。おそらく亡霊の体を消して、本体である刀が物陰に隠れていたのだろう。


 道端には隠れる場所はいくらでもあるし、なんなら闇に紛れて木や壁と一体化してもいい。体自体は錆びた刀だから発見は難しいはずだ。


 ――もし安倍晴明あべのせいめいがかかわっているなら、俺の【セミ】についても対策していたのかもしれない。


 【セミ】は術者や味方への敵意の有無を反応として見る。俺の段位なら街全体をカバーできるが、なまくら刀が休眠状態のようになったら反応を拾うことができない。


「足止めをいたしました。いかがいたしましょうかシオン様」


 俺が破壊してもいいけれども、できれば安倍晴明あべのせいめいとの関係性の有無をハッキリさせたい。ここはレンマに任せ、俺は【セミ】を上限いっぱい放って街をくまなく探す方がいい。


「あの辻斬りの正体は亡霊だ。核となる依代はおそらくあの刀。倒すには破壊するしかないけど、可能な限り残しておきたい。できるかな?」

「承りました。風魔の手管、とくとご覧くださいませ!」


 レンマがサッと手を挙げると、武家屋敷の屋根の上にいたコマがヌッと何かを取り出した。それは彼女の身長以上ある、長筒と呼ばれる火縄銃。見た目はほとんどスナイパーライフルだ。


「クロミツ。結界玉二号だでね」

「あい、二号ね――三ごう影操術【錦穴にしきあな】」


 というとクロミツがしゃがみ込んで自分の影に手を触れると、チャポンと沈み込んだ。ゴソゴソと弄ると、ヌッと出てくるのは筆で大きく「二号」と書かれた爆弾のようなものだった。


「そういえば三人が戦ってるところは見た事なかったな。あれは何かな」

「クロミツは影を操る技に秀でております。彼女の影には小さな倉庫ほどの容量があるのです」


 要するにアイテムストレージのスキルを持っているということか。ゲームではそれが当然なものが多いが、こと重量制限や所持数制限のあるゲームでは重宝される技術だ。


「そしてヒビキは力を操る技に秀でております。たとえば衝撃で炸裂する爆弾を、炸裂させる力だけ抜いて遠くに飛ばすなんてことも」

「ヒビキ」

「はいな――二ごう力操術【頸木分くびきわけ】!」


 野球バットのそれのようにして金砕棒を構えるヒビキ。クロミツがポーンと投げた結界玉二号なる爆弾を、振り抜いた金砕棒がとらえてカキーンと吹っ飛んでいく。


 まっすぐ飛んでいった結界玉二号が鬼島津の亡霊に迫る。手裏剣を撃ち落とすことに必死だった亡霊は着弾の直前に気づくと、振り向きざまに横凪の一閃で撃ち落とそうとする。


 だが刀が結界玉二号に触れた刹那、パァンと音を立てて爆ぜたかと思えば、青白い霊力の縄がブワッと現れて亡霊を縛った。


「最後にコマでございますが、絡繰カラクリの技を極めております。特に火縄銃であれば、針の穴を通すような射撃が可能です」


 ドン! という射撃音。


 遅れてバキャン! という破砕音。


 見れば縛られた亡霊の手にする刀が、真っ二つに折れて宙を舞っていた。

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