第20話 東国最強の不覚

 自分でもサーっと顔が青くなるのがわかった。


 何故ならトゥルーエンドの条件は、最終局面で一人もかけていないこと。


 カツミが死んでしまったらもうここに辿り着くことができない。俺は何らかの運命の作用により殺される。


 そんな曖昧な事を怖がる必要はないだろうと思うかもしれないが、前のレンマの時は決定的な死亡フラグでもないのに普通に死にかけた。


 リンネはいうまでもなく、カツミが怪我や妖魔にやられて戦線離脱などは考えられなかった。何故なら彼女は神渡の中でも最強格。よほどのことがない限りストーリー上でやられるなんてことはない。辻斬りなど尚更だ。


 俺たちは温泉街の転移陣である鳥居をくぐり、すぐさま神渡みわたりの医務室へと向かう。


 どうか無事であってくれ――



「ちっくしょおおおおおおおおおおお! あんのやろおおおおぶっころしてやあああああるうううううあああああああん!」



 辿り着く前に大声での絶叫聞こえてきた。何事かと部屋を覗いてみると、そこにはホムラに後ろから羽交締めにされたカツミがギャーギャーと叫んでいた。


 畳に敷いた布団はひっくり返ってめちゃくちゃ。カツミは病院服のような浴衣を着てはいるが、暴れまくったせいではだけていた。


「あ! シオン、リンネもいいところに! 姉ちゃんが暴れて止まんねーんだ!」

「クソクソクソあのクソ野郎! 絶対ぶっ殺す! 放せホムラ! 『蜻蛉切』をよこせ!」

「背中を斬られたんだぞ! 傷が開いたらどうするつもりだよ!」

「こんなの屁でもない! いいから武器よこせ!」


 予想以上に元気だったので思わず膝から崩れそうになった。


「シオン様、お止めになった方がよろしいかと」


 レンマがスッとそばに来てそう耳打ちしてくる。言われなくてもそうしたいのだけれども、既にカツミはブチギレモードで目が黒く染まっている。超怖い。リンネも手を出せずにアワアワするくらいだ。


「いやぁあの剣幕はちょっと……」

「大丈夫でございますよ。カツミ様はシオン様に惚れておりますから」


 そう言われると彼女の気持ちをいいように使っているような気がして罪悪感が湧くのだけど、忍びはそういう事に良心の呵責が無いから恐ろしい。


 とはいえ、


「ヴァアアアアアア!!!」


 もう言語も交わせないほどになってきたので、ここはレンマの言う通りにするとしよう。


「カツミちゃん」

「放せこの! 姉ちゃんの言うこと聞かねえかうああシオン!?」

「大丈夫だったかい? 怪我はない?」

「あ、う、うん、大したこと……ない……顔近いぃ……」


 顔を近づけてそう聞くと、カツミの箒のようにぴーんと張っていたツインテールがしなしなとしおれていった。目も白目に戻っている。本当に効果てきめんだなこのやり方。


 ホムラが恐る恐る羽交締めを解くと、カツミは乱れた布団の上に恥ずかしそうに座り、はだけた浴衣を直していた。俺に見られたのがそんなに恥ずかしかったのか、顔を背けて頬を真っ赤にしている。


「よかった。カツミちゃんが何かあったらと思ってすっ飛んできたんだ」

「え、そそそそうなのか? し、心配してくれたのか……」

「当たり前だろ。ビックリして死ぬかと思ったよ」


 嘘は言ってない。カツミが死ぬと十中八九俺が死ぬからだ。せめて罪悪感を薄めるための嘘だったけど、顔と同じく効果てきめんだったようでカツミの顔がふにゃりとなった。


「気持ちはわかるけど落ち着いて。何があったか教えてくれないか?」

「教える……教えるから耳元で囁かないでぇ」


 自然と風魔直伝の耳元フーフーをしてみたけど……あ、いいみたい。レンマが腕で大きな丸を作ってる。


「お、温泉に入った後、トモエの里に戻ってゲンゴロウと飲み歩いてたんだ」

「ゲンゴロウのオッサンと?」

「ウチと一緒に飲めるのはホムラとゲンゴロウくらいだし……その後別れて一人で夜風に当たって歩いてたらいきなり後ろから襲われた」

「よく無事だったね……というのは失礼か。流石東国無双の名を受け継ぐ本多家、隙が無いんだね」


 カツミの手をとりキュッと握ったあと、猫の肉球を揉むように彼女の手を揉む。するとカツミはピクンピクンと身体が跳ねていた。


 だいじょぶかこれ。


 絵面が完全にロリコンが幼女に迫る図式なんだけど。


「せっ背中は斬られたけど薄皮一枚で済んだ……でも霊力をゴッソリ取られて」

「背中は見ていい?」


 コクリと頷いて、背中を向けて肌着を脱ぐカツミ。見えたのは痛々しい切り傷だ。


 右肩から背筋まである。傷薬だけでは治癒しきれないところを見ると、ただの刀傷というわけでもないらしい。


「医者が言うには、妖刀の類で斬られたんじゃねえかって話だ」


 とカツミの刀傷を見て苦々しい顔のホムラがそう言った。


「妖刀?」

「芝居で出てくるようなモンじゃねえ。霊力の纏った刀のうち、怨念だとかがまとわりついて呪われたモンがそう呼ばれるんだ」

「塞がらない傷はそのせいってことでいいかな?」

「その点についちゃオサの方が詳しいだろうよ。ともかくカツミ姉ちゃんは妖刀持ったアホに斬りつけられて、仕留められないと思ったら逃げやがった」

「強かな奴だな……」


 ただの辻斬りじゃなさそうだ。普通ならそのまま戦いに突入する。ここの里の辻斬りの目的は、奈落で拾った強力な武具を人に使って試してみたい、その一点なのだから。


 でもカツミを襲った辻斬りはすぐに逃げた。カツミを前にして勝てないと判断するのは正常といえば正常だけれども、ちょっと潔すぎな気もする。


「どんな特徴の奴だった? 覚えてる範囲でいいけど」

「よくわからなかったンだ。何せ闇に紛れてたからな……それでも輪郭はなんとなくわかった。背丈はそうだな、ウチより頭一つ高いくらい。リンネくらいだな」

「私くらいですかぁ。じゃあ五尺二、三寸(※160cm前後)くらいですかね?」

「性別は?」

「多分女だと思う。体つきがそうだった」

「姉ちゃんよ、得物はどんなのだったんだ?」

「えーっと……そ、そうだ。なんか変だと思ったのはそこだ」

「変?」

「錆びた刀を持ってた。しかもに布を巻いただけの奴だ」


 つまり本来の刀で言う『柄』という握る部分がなかったと言うことだ。


「あと構えだな。八相はっそうだった――いやちょっと伸びてたか?」

「はっそう?」

「こういうヤツだ」


 カツミがその場で再現してくれたのは、剣を立てた両手を右肩より上、頬のあたりまで寄せている構え方。


 ――トヨの構えに似ているのは気のせいだろうか。


「クソ……なまくらなんかで斬られたと思ったら腹が立つ!!」

「落ち着いてよカツミちゃん」

「はぁん……頬を撫でないで……」


 面白いなこの子。レンマと同じくいじめてしまいたくなってしまう……が、今やったら横のヤンキー妹に頭をカチ割られるか、俺を挟んで反対側にいる純粋無垢な少女にスケコマシ呼ばわりされてしまいそうなので我慢する。


「あとは俺たちに任せて。必ず捕まえてくるから」

「ウチも……」

「君は安静にしてて。温泉街で湯治をしてもいいかもしれない。あのお湯は傷に効くから」

「そうする……そうするから顔近づけはぁぁんおでこぉ……」


 おでことおでこを触れてそう言ってみると、カツミは観念したのか両手を上げて目をぐるぐるさせたのち、その場に「にゅぅ」と可愛い声をあげて倒れてしまった。


 すぐに後ろに控えていた神渡のスタッフがカツミの衣類と布団を整えてその場に寝かせる。「助かりました秋津那あきつだ様」と言ってくるあたり、俺がくる前から相当に当たり散らしていたみたいだ。念の為リンネも側にいるということで、一旦俺とレンマそしてホムラは病室を離れた。


「どう思うよ」


 医務室を出て廊下を歩いている最中、俺に並んで歩くホムラがぽつりとそう言った。


「どうって?」

「辻斬りだよ。妙だと思わねーか? 連中は奈落の得物ではしゃいでる連中だ。カツミ姉ちゃんなんか相手にしたら嬉々として切り掛かってくるだろ」

「さすがだね。俺も同じことを考えてた」

「それに構えだ。ありゃ、薩摩ドワーフが得意なジゲン流だか何だかっていうのの構えじゃねえのか?」

「犯人は薩摩ドワーフ?」

「トヨがここに来てんだ。他の奴がここに来てたって不思議じゃないぜ」



「それは本当ですか〜……」



 思わずギョッとして立ち止まる。視線を下げると、そこにはお見舞いの品を持ったトヨがいたのだ。


 しまったと思ったのは、彼女が持っていた包みを落としたから。薩摩ドワーフが犯人かもと聞いてショックを受けているようだ。


「トヨ!」

「話を聞いてお見舞いに来たのですが〜……今のお話は本当でございますか〜?」


 間延びした声だが、トヨの顔は至って真面目だった。いつものゆるキャラモードと剣士モードのその中間と言っていいだろうか。


「い、いや。そうと決まったわけじゃない」

「ですが〜示現流が出てくるのはもうほとんど薩摩ドワーフ絡みかと〜……はぁ〜」


 トヨが大きくため息をついた。しょんぼり、という言葉がそのまま形になったような顔をしている。


「叔母上様が生きておられたら、薩摩ドワーフからそんな無礼者が出ることはなかったのに〜」

「トヨ、言った手前だけど早合点はダメだ。可能性があるというだけで、犯人が薩摩ドワーフと断定されたわけじゃない」


 事実を並べればそうだ。薩摩ドワーフが犯人だという証拠はひとつもない。カツミの言うことも推測だ。


 しかし俺もレンマも、ホムラもトヨも思っただろう。奇襲も得意な薩摩ドワーフならば、カツミを闇討ちできる――と。


「そうだと良いのですが……もしそうだとしたら……うう、トヨは情けなくて泣きそうです〜……カツミ様になんて顔をしていいかわかりません〜」


 しょんぼりするトヨ。俺が駆け寄る前にレンマがスッと背後に寄り添い、


「トヨちゃんのせいではありませんよ」


 となだめている。トヨは今にも泣きそうな顔になり、レンマにキュッと抱きついてスンスンと鼻を鳴らしていた。


「レンマ、ここは任せていいかい?」

「ええ。さ、トヨちゃん。せっかくお見舞いの品を持ってきたのですから。カツミ様のところに行きましょう」

「……ありがとうございます奥方様〜」


 二人の背を見守ってからホムラを見るとバツの悪そうな顔をしていた。


「しまったな。いねえと思ってつい……」

「俺も同罪だ。でも、カツミちゃんを闇討ちできるといったら薩摩ドワーフが出てくるのは当たり前の事だよ」

「なんだ、トヨの肩を持つと思ったら慰めてくれんのかよ」

「俺は君も大切だと思ってるんだけどね」


 こんな事で気に病んで変な事すんな、という意味だったのだがホムラの顔がどんどん赤くなっている。レンマがいたら「そういうところでございます」と二の腕をつねられるやつだ。


「……そ、そんなに真正面から言わなくてもい、いいだろそういうコト」


 乙女かよ。一瞬だけギャップがちょっと可愛いと思っちゃうだろ。



『親密度上昇:レンマ、カツミ、トヨそれとホムラ……はぁ』



 天照アマテラスめ。アナウンスが日に日に適当になってやがる。あとため息つくのやめろ。


「兎にも角にも辻斬り狩りだ。カツミちゃんの仇を取らないとな。協力してくれるかい?」

「言われなくても街に出るつもりだ。シオンがいりゃ簡単に見つかるだろ――既にゲンゴロウが捜索してる。アタシらも合流しようぜ」


 ゲンゴロウが捜査に乗り出しているのならば何とかなるか――と、この時は油断していたのだが。辻斬り騒動は望まぬ方向へ進んでいく。


 街から目撃情報が相次いだのだが――現場を見た者や生き残った者は、口々にあれは薩摩ドワーフだったと証言し始めたのだ。

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