第19話 悪い話と悪い話

 いずれ彼女には自分の事を全て打ち明けないといけないが――。


「実は、俺も当時の記憶がないんだ。トヨと同じでぽっかりと抜けてるんだよ」

「……!」

「トヨの顔を見て最初は誰かわからなかった。でも過ごしているうちに俺も少しずつ記憶を取り戻しているんだ」


 自然とそんな嘘が出てくる自分を責めたい。だが今は彼女に全てを打ち明けて受け止めてもらうタイミングではない。


 俺の目的は生き残る事だ。


 その為には今、トヨとの関係性がトゥルーエンドに向かうものなのか、バッドエンドに向かうものなのかを見極める必要がある。嘘をついた事への罪悪感くらいは耐えなければ。


「そうなのでございますか……だから不思議な顔をされていたのですね。煮えきれないと申しますか、心中複雑と申しますか」

「もし俺が薩摩ドワーフを壊滅させていたらと思ったけど、どうやら鍵は安倍晴明あべのせいめいにあるらしい。トヨのためにも奴を追うつもりだよ」

「……ふふ」

「レンマ?」

「やはり貴方様は素敵なお方です。心に刃を忍ばせて他者の為に尽くす。『忍ぶ者』とはそう書きます」


 レンマの腕が伸びて俺の頬に触れる。


「トヨちゃんを前にしてさぞ心を痛めていたのでしょう。ですがこのレンマがおります。風魔がおります」

「レンマ……」

「私達をお頼りください。貴方の側に忍んでおりますから」


 ありがたい言葉だが、君にも心を痛めていると言えればどんなに幸せなことか。


 この痛みのお返しは、あの外道に向けるとしようか。



 ――問題を今一度整理してみよう。



 関ヶ原の『島津の退き口』について、何が起きていたか。


 トヨ以外の島津家は全滅していた。それはゲームと同じだ。


 俺が生き残る本来のシナリオ分岐は、ここで彼女と出会っていたかどうか。


 出会っていたらバッドエンドの道。島津衆は俺が壊滅させていて、その恨みの果てにトヨに斬られる。


 出会っていなかったらトゥルーエンドの道。島津衆は黒幕である安倍晴明あべのせいめいが壊滅させていて、ゲーム上でトヨと俺は和解する。


 ここでゲームのネタバレだが……安倍晴明あべのせいめいの目的は長引いた関ヶ原の戦いで死んだ魂を集め、地の底にいる冥神に捧げるためにあった。島津衆への襲撃も魂集めの一環だったというわけだ。


 現時点でわかっていることは、俺とトヨそして安倍晴明あべのせいめいが同じ場所にいたことだ。ついでに言えば、あの会話からして俺と奴の間には何か因縁のようなものを感じる。しかも一方的なヤツをだ。


 だがその詳細を居合わせたはずのトヨは覚えておらず、もう一人の当事者である井伊直政いいなおまさがその全てを隠蔽している。


 正直、意味がわからない。


 井伊直政いいなおまさは何を隠しているのか。


 ゲーム後半で現れるはずの安倍晴明あべのせいめいは何故今になって現れたのか。


 そもそもトヨの記憶が奪われているのはなぜだ?


「レンマ。記憶が何かの術に使われるという事はあるのかな」

「風魔ではそのような術はありませんが……記憶というものは思いに直結しております。特に暗い思いは霊力と共に澱みとなり、怨念となって魂が汚染されれば悪霊となります」

「奈落に出てくる亡霊系の妖魔のことだね。つまり記憶は霊力と何かしら作用する可能性がある、というわけだ」

「戸隠の忍びならば何かは知っていそうですが、彼らは際立って排他的ですので……申し訳ございません」

「レンマが謝ることないさ」

「……シオン様。トヨちゃんは大丈夫でしょうか」

「わからない。でも護らないと」


 ふと視線を落とすと、レンマがこちらを心配そうに見つめていた。


 そこで俺の思考回路が焼き切れる音がした。


 もうな――――んもわからん。


 てか何なんだよこの意味不明なシナリオは。


 トゥルーなのか、バッドなのか、どっちなんだよチクショオオオオ!


 やめたやめた。見敵必殺サーチ・アンド・デストロイだ。あのカラスのコスプレもどきをふん捕まえてどつき回して吐かせればいい。やろうぶっころしてやる。


 考えるのをやめたら急に彼女が愛しくなってきた。なので頭をこれでもかと撫でると、彼女は指が髪をすくたびにビクビクと震えている。目をキュッと瞑り、何か我慢しているような顔をしていた。


 それが俺の中のSっ気を刺激して、さらにワシワシと撫でるとレンマの息が少しずつ荒くなってきた。


「あの……何を……」

「ご褒美のつもり。よーしよしよし」


 面白くなってさらに撫でくりまわし、耳をマッサージしたりうなじに指を這わせたり顎をこしょこしょとくすぐったり耳にフーッと息をかけてみたりすると、レンマはさらに震え、顔が赤くなっていく。


「し、シオン様! おっ……これ以上のお戯れは……」

「ごめんごめん……って」


 はむ、と。人差し指を甘噛みされた。


 とろんとした目が俺を恨めしそうに、そしてもっととねだるような視線を向けてくる。


「そんなに触られると……私も我慢できなくなってしまいます……」


 ヤバいなぁ。かわいいなぁ。


 俺の方こそとろけてしまいそうだ。


 このまま彼女の唇を奪いたい。


 はだけた浴衣にこの手を忍ばせて、肌の質感を感じてみたい。


 しかし――しかしだ。


 悲しいかな、さっきシラタマにやられたイタズラのせいで違和感を感じたらスンと素に戻る程度には耐性がついてしまった。


「? どうされましたか?」

「このまま大人な時間もいいけど、覗き見はよくないなと思ってね」


 ホルスターに収まった札を一枚抜き、ポーンと投げて現れたのは三ごう式神術【セミ】。


 さすがの俺でも気づく。休憩室の軒先から可愛いツノが見える。ヒビキだな?


 【セミ】はふよふよ〜と軒先に近づくと、「ミ゛ッ!」という音と共に聞こえない音波を発射。人間や人型妖魔を昏倒させる力を絞って放ってやれば、軽い脳震盪のようなものを喰らうはず。


「いひい!」

「きゃあ!」

「ほげえ!」

「うみゃー!」

「にゃー!」


 落ちてくるわ落ちてくるわ風魔衆が。


 落ちてきたのはクロミツとヒビキほか五名ほど。これにはレンマも怒ったようで、全員正座させて叱ったのち一週間ほどこの『玉藻の湯』の掃除を命じられていた。


 ちなみにコマとトヨはその頃一緒に甘味を食べていたそうだ。彼女達が煩悩だらけの家族の中で、唯一の良心かもしれない。



 ⭐︎



 そんな感じでグランドオープンとなった温泉街だがこれまた大盛況となった。


 当たり前だ。龍の加護のある温泉に、美人だらけの風魔衆達が切り盛りする温泉街とくれば行かないわけにはいかない。


 シラタマは余裕をぶっこいて「人など来れば来るだけいい」と言っていたが、そうはいっても人の波というのは怖いもの。せっかくの温泉街が壊されたらマズいということで整理券制にしてみた。


 あっという間に整理券は完売して、とめどなく人が来る始末。その様に呆気に取られたシラタマは、子供と老人以外は最低でも三階層に到達できる冥狩人くらがりびとに限定。それでも凄まじい賑わいを見せていた。


「温泉の力を舐めておったわ……シオンの助言が無かったら温泉街が破裂しそうな勢いじゃった」


 数日後、奈落第四階層の温泉街。


 『玉藻の湯』の二階、シラタマの執務室から俺とシラタマ、そしてレンマの三人で外を眺めていた。


 まるで毎日お祭りのような賑わい。ゲームではモブがそこそこ立っている程度だったが、眼下には人波ができている。


「昔任務で京や堺を訪れたことがありますが、それに匹敵する賑わいを見せておりますね」

「うむ。こんなにも人がいれば妖魔どもも寄ってきそうじゃが、ヒスイの力が増しに増して街自体が強固な結界になっておる」

「ああそれは納得。彼女の髪、いつのまにか七色に光ってたからね」


 ギャル龍人っ娘が番頭台でゲーミングに輝きながら接客している姿はなかなか見られない姿だと思う。


 彼女曰く「人が来まくってバイブス上がりまくり」だと。あんまりにも輝くものだから老人たちに仏の後光と勘違いされて拝まれていた。


「トモエの里もこの温泉街の事を聞き活気だっておる。今のところは順調そのものといっていい。それにここは新月の時も極めて有用な拠点となる」

「百鬼夜行における内部からの観測、ということですか」


 シラタマはうむ、と頷く。


「新月の夜は這い出てくる妖魔どもを迎えうつで精一杯だった。じゃがこの温泉街は要塞にもなる作りになっておる」

「長のご要望通り、四方に物見櫓を建ててございます。外壁も鋼鉄を仕込んでおります故、仮にヒスイ様の結界が破られても大抵のことは大丈夫かと」


 温泉街は外から見るとまるで砦のような形になっている。物見櫓があり、高い城壁からは矢や鉄砲を撃ちかけられる小窓まで完備されていた。


「大義であったぞ風魔衆」

「勿体なきお言葉でございます――オサ、こちらも」


 レンマがシラタマの前で膝を折り、胸元から書状を取り出す。シラタマが受け取り書状を開くと、はぁ、と落胆したような声を上げた。


「レンマ、それは?」

井伊直政いいなおまさ様からでございます。つい先ほど風魔の伝令部隊が到着しました」


 でかした、と書状を受け取るシラタマ。パラパラとめくって暫く、彼女の眉間に皺が寄る。


「ふぅむ……シオンや。これを見てみい」


 手渡された手紙を読んでみると思わず俺も顔をしかめてしまう。その内容を簡単にまとめるとこうだ。



 ――あの『島津の退き口』について語る時が来たと、書状を受け取った時に運命じみたものを感じた。


 ――しかし書状に残せぬ内容故に、後日直接そちらに赴くつもりである。


 ――それまでトヨをお頼み申す。あの子は命の恩人なのだ。



「シオン、どう見る?」

「慎重なのは理解できましたけど、やはり俺のことが一切触れられていないですね」


 俺の事が嫌いだからというわけじゃないだろう。あえてそうしている。これは何かがある。


「となると来訪を待つしかないが……ううむ、すぐとはいかぬじゃろうな」

「え?」

「今東軍はボロボロじゃ。こんな中で東軍四天王とまで言われた井伊直政いいなおまさがトモエの里に行こうものなら皆全力で止めるじゃろうな。こちらの守りはどうするのだと」


 思わず天を仰いだ。また因果が回ってきたか。でもアレはレンマを守るためなんだから仕方なかったんだ。


「なら、まずは安倍晴明あべのせいめいを捕まえるために俺たちが動いたほうがいいですかね?」

「やめておいた方がいい。悔しいが安倍晴明あべのせいめいを捕まえるのは至難の業じゃ。奴が出向くのを待つしかない」

オサがそういうのならそうでしょうね」

「こんな時にまた街で厄介事が出てくるから困る。ずーっと温泉に入っていたいのに……」

「厄介事?」

「トモエの里で辻斬りじゃと。全くもう……」


 辻斬り。


 そう聞いて思わずため息をついてしまった。


 トヨがやってきた時に警戒していた辻斬りイベント。


 奈落で得た武器を試したくなったイカれた冥狩人くらがりびとが襲いかかってくるというアレだ。


 何もこんな時に活発化しなくても……。


オサ! いますか!!」


 ダダダダッと廊下を走ってやってきたのはリンネだった。


「珍しいなリンネ。おヌシが血相を抱えるなど――」

「お姉ちゃんが……カツミお姉ちゃんが辻斬りに……」

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